SEEDS-net  vol.36
2005年9月 26日発行


おまたせしました!36号の発行です。今回の目玉はザスパ草津の生みの親である飯島庄二さんのインタビュー記事です。
また、今年度のSOJの活動の一つであるソゴツク(「総合型地域スポーツクラブをつくろう!」の略)で埼玉県体育協会の加藤裕之さんにお話を伺ってきました。そのときのレポートも記載しています。

<もくじ>

ひとから見るスポーツ ザスパ草津 飯島庄二さん
マイレポート ザスパ草津観戦記
SEEDS-lab ソゴツク 埼玉県体育協会 加藤裕之さん
マイレポート 間野ゼミ合宿ルポ

++ ひとから見るスポーツ ++ ザスパ草津 飯島庄二さん 
群馬県吾妻郡草津町。温泉の自然湧出量では日本一を誇る温泉地である。温泉観光を主な収入源として成り立っている人口約7700人の町に、もうひとつ全国に名を知らしめるモノが生まれた。サッカーチームザスパ草津である。2002年に群馬県リーグからJリーグ入りを目指すことを表明し、それからたった3年で、J2で戦うことを実現したチームだ。そのザスパの前身であるリエゾン草津の代表が、飯島庄二さんだ。中学までは野球や双子のオリンピック選手で有名な荻原兄弟などを生んだ草津で盛んなスキーをやり、その後は格闘技もしていたという飯島さん。四代続く旅館を家族で経営している。今から11年前の1994年、先輩が計画していたサッカー専門学校(東日本サッカーアカデミー)設立の話が舞い込んでくる。時はちょうどJリーグブームの真っただ中。町の活性化とビジネスが両立できる可能性が十分あると感じていた。


≫≫ きちんとした指導者を

当初は施設提供者ではあったが実際に経営には関わっていなかった飯島さん。2年目になるとスタッフが足りなくなり、厨房に入り選手たちの食事を作ることになった。それだけではなく、ユーゴスラビア合宿の引率までこなしていく。そうした面倒を見る専門学校の選手たちが実際に試合をするチームとして、リエゾン草津というチームがあった。チームは群馬県4部リーグから4年目には1部にまで駆け上がる。このときユーゴのスタッフを通じて選手を指導する人材、しっかりと知識を与えることの重要性を強く感じるようになったという。
「今まで私たちはスポーツは根性の世界だと思ってやってきました。今でも傷が残っているのですけれど、ひざの関節と間接の間にある骨が出てきてひざが痛くなる病気(オスグッド・シュラッダー病)があるんです。成長期に過剰にトレーニングをしたり、ちゃんとしたトレーニングをしないとこの病気になるのですが、当時はトレーニングをすればするほど上達すると思いこんでいたので、ケガはしょうがないと思っていました。小学校でやるべきトレーニング、やってはいけないトレーニングがあり、中学でも同じようなものがあります。現在、ヨーロッパでは当たり前のように教育されている。そういう事を彼らとの付き合いから学びました。ユーゴに行った時に初めてのヨーロッパということもあったのですが、いろいろな面でカルチャーショックを受けました。今の日本に何が足りないか考えたときに、子どもたちをきちんと指導できるスタッフではないかと思います。 今ではJリーグが中心になってクラブという形で一貫教育をしていますが、現在の日本のスポーツ教育では小学校ではクラブ活動や少年団があるものの、中学、高校になると学校の部活になってしまいます。そうすると公立だと先生が異動するわけですし、サッカーが好きな先生が来れば良いのですが、そうでない先生が来ることもあります。結果的に才能がある選手が埋もれてしまいます。ただこれがクラブということになると一貫教育なので長年にわたって同じ教育をやっていけるんですね。そういう部分での必要性っていうのを物凄くこのときに感じたんです」


≫≫ チーム存続の危機

だが、学校は経営が厳しくなり解散になってしまう。ユーゴスラビア人の監督は退任、次の監督もライバルチームに選手を連れて行ってしまい、選手はほとんどいなくなってしまった。それでも残ったわずかな選手たちはプレーを続けたいと言ってきた。寮にもう一度入らせてくれと頼まれた飯島氏は、一度は断った。だが、現時点での旅館の収益を考えると数人でも寮費をもらった方がいいだろうと、再び受け入れることになる。

「ただ戻ってきたのは11人のうち5,6人で、他はアパートでいっしょに暮らしたりしていました。寮の方が便利なんだけど、安い方が良いということで1つの部屋を2人で使ったりしていました」

リーグ戦に参加はしていたものの、出場できるギリギリの人数での試合だった。選手から寮費を徴収することで、アカデミー時代から痛感していた「自力運営」を目指した。また、選手からの評価が高かったラトコ監督を呼び戻し、セレクション開催の営業を積極的に行った。営業を行うことで経営の手法を学び、さまざまなつながりもできた。ダイレクトメールやビラ張りなど、さまざまな方法でチームの宣伝をする。セレクションには多くの選手たちが集まった。
「130通を超える応募があり、セレクション当日には100人近い選手が集まってくれまし
た。他にも選手たちが草津で本格的にサッカーができるからと、友達を引っ張ってきてくれました。私が引き継いで2年目にはスタートの時点で選手だけで35名まで増えて、A、Bの2チームを作るまでになりました。そしてAチームは県リーグで戦い、Bチームは練習試合ということで、毎週日曜日は二手にわかれて活動をしていました」



≫≫ アマチュアスポーツの環境

今現在、Jチームを抱えるキャパシティがあるとはいえない草津。リエゾンは選手が働いていたアマチュアチームだった。プロではなくアマチュアチームとしてのあるべき姿は何なのだろうか。
「今のアマチュアの世界ではレベルの高い指導者に指導をしてもらう、毎日サッカーができるという環境が必要だと思います。草津には幸運なことにすべてそろっていました。自分で月謝を払いながら好きなことをやって夢を実現していく。その道筋をつけてあげるのが私の役目だと思っています。選手たちみんなが「ここにきてよかったな」と思ってもらえるような環境をつくることが一番大きなポイントになるだろうなと考えていました。」

学校の閉鎖から2年目にして、経営状態はかなり改善してきた。ところが、県リーグでやっている部分では十分な状況ではあったが、上位のリーグを目指すという点では限界を感じていた。やはり選手は上のレベルでやりたいもの。そこで、ちょうどリエゾンを見たいとザスパ前社長の賢持氏らが草津にやってくる。ここで、サッカー経営のプロである彼らに経営を託すことになる。そして、チームは2002シーズンからはザスパと名称を変え、飯島さんたちの働きかけもあり、草津の後押しを受けることになる。目標は5年以内のJリーグ昇格。その目標に向けて、周囲も慌しく動いていった。実際、3年後の現在ではJリーグで戦うことができるようになった。

次回へ続く。

ザスパ草津FCホームページ→http://www.thespa.co.jp

伊藤 祐己、内田 大三 



+ マイレポート + ザスパ草津観戦記
SOJ合宿二日目、湖で一汗かいた後に今年J2に飛び級加盟したチーム同士の好カード、 ザスパ草津vs徳島ヴォルティスを観戦するため一路前橋へ。
道中、大雨に見舞われるアクシデントでテンションも下がりかけましたが、 スタジアムの駐車場に着いた瞬間にそれも止み、 前日ザスパと関わりの深い飯島さんのお話を伺って芽生えた思い入れを抱いたままスタジアムへ。

私はJ2人生初観戦だったのですが、思ったより観客の多いことにまず驚かされました。 一人で来ている方もいれば、カップルや家族連れもいて、この日の観客動員数は5212人。 何より皆さんアツイアツイ!試合開始前から草津のおばちゃんは
「そこ立ってると見えないんで座ってもらえますぅ〜?!!!」
っ てスゴイ剣幕でしたもん。ザスパを愛してるんだなーっていうのがひしひしと感じられました。

試合は終始ザスパペースで進みました。 結局、前半ザスパの御給匠選手が決めた1点が決勝点となり1-0で見事、ザスパ草津の勝利。

感想としては、SOJと関わって現場へ行くといつも思うことですが、 やっぱスポーツっていいなぁ、ということ。地域の人たちが一つになれたり、家族揃って共通の話題が持てたり。 この日見かけた家族も小さな子どもを連れた家族だけでなく15,6歳の年頃の姉妹とご両親という組合せもあったわけです。 いつもお家でサッカーの話をしているのだろうかと思うと、 その在り方を問われる現代の家族にとって、スポーツはここでもまた大きな正のパワーを持つんじゃないかと思いました。


ザスパ草津FCホームページ→http://www.thespa.co.jp

小池 絵里花



+ SEEDS-lab "ソゴツク"レポート + 埼玉県体育協会 加藤裕之さん
総合型地域スポーツクラブ(以下、総合型)の勉強をし、総合型の知名度を上げ、最終的には僕たちで、理想の総合型を提案しよう!ということを考えているSEEDS-labのソゴツク(「総合型をつくろう!」の略)班は、勉強会の一環として、ある9月のそれはそれは暑い日に、埼玉県体育協会(以下、県体協)クラブ育成アドバイザーの加藤さんのお話を聞きに行きました。 肩書きから想像すると「行政側の人だな」と僕は思っていましたが、なんと県体協はどちらかというと民間側の組織だそうです。だから、勤務時間内でも、インタビューに応じてくれたのです。民間万歳!


≫≫ コネクションは大事

加藤さんのお話から注目したことを二つほど紹介します。前職は埼玉県北本市にあるアサヒスポーツクラブという総合型のクラブマネージャーをしていました。そこまでの経緯がすごいのです。 民間のスポーツクラブに勤めていた頃に総合型を知り、憧れ、総合型に関わりたいと思ったそうです。そこから加藤さんの奮闘記が始まりました。その後、直接北本市役所に「総合型は作らないのですか?」と聞きに行きましたが、「作るとしても、体育指導員が中心でやります」と拒絶されてしまいました。 そこであきらめず、次に埼玉県の広域スポーツセンター(以下、広域)、通称「ふぁいぶる」へ行き、総合型への熱意を語ったところ市の体育関係の人に会うことができたそうです。そのとき浮かんだことが「役所の内部から人脈を作っていこう」。 タイミングよく市役所の非常勤勤務に採用され、人脈作りを着々と進めていきまし
た。そして、ついに北本市に総合型を作るという話になったとき、クラブマネージャーの話が来たのです。 人脈やコネは与えられたものだけではなく、自分で作ることもできるのだ、というよりむしろ自分で作りなさい、とまで言われているように感じてしまいました。同じことを授業で長田渚左さん(スポーツライター)にも言われたからでしょうか、とても印象に残る言葉でした。


≫≫ 部活と総合型のカンケイ

続いて印象に残ったことは、総合型の今後の展望として、部活や学校体育との関係を良くしていきたいというお話をされました。これはソゴツク班も同意見です。現在では、総合型と部活や学校体育のライバル色は薄まってはきていますが、まだいい関係ではありません。総合型が根付いている欧州では、学校で体育はなく、保健だけなのですが、日本のスポーツは周知のとおり、部活を含めた学校体育や企業が引っ張って成長していきました。しかし、少子化や教員の高齢化などにより、学校体育は衰退し、企業もバブル崩壊後からどんどん離れていきました。そこで、総合型が注目されていったのですが、共存は難しいようです。加藤さんの考えとしては 「生徒が地域へ貢献することはあるが、部活へ地域の人が関わることや教師が地域に出て、総合型などに関わることが少ないので、そのあたりから始めるのがよいのではないか?」ということです。この問題が解決する頃には、おそらく総合型が日本にも根付いているだろうと思います。


≫≫ 広域スポーツセンターと体育協会の違い

最後に理論的なことをつけて終わります。総合型を支援している組織の代表格である広域と体協の違いについてです(加藤さんからナイスな質問だねと言われたのです!)。

広域…お金の支援はできない。すべての総合型を取り扱う。生涯スポーツ中心。
体協…お金の支援ができ、支援している団体しか扱わない。お金の使い方の指導が中心。競技スポーツ中心。

総合型を支援している点では近いですが、行政側と民間側という点も含めて視点が正反対なので、ソゴツク班の誰かさんが提案した統一したほうが総合型を広めるのに効率よくいくのではないか、ということはできないのです。


西山 裕貴 

+ マイレポート + 間野ゼミ合宿ルポ
9月14〜16日の3日間、間野ゼミ合宿で軽井沢に行ってきました。

1日目は大学院生の修士論文と4年生の卒業論文の経過発表、
そして3年生による事業提案プレゼンがありました。

それぞれの発表は、ゲストの方々からも様々な意見が飛び、
すごく勉強になったのですが、現在3年生の自分が、
来年は卒業論文を書いているということを思うと、
なぜか危機感しか浮かびませんでした。
もうあと1年しかないんですよね。

2日目は午前中はカーリング体験!
最終的には試合形式での対決までやりました。 頭脳的なスポーツなのは以前から想像していたけど、 思っていたよりもパワーが必要なく、力加減が難しかったです。 戦術が要求される競技なのに、 1ゲームにつき1人1投しかできないため、 その分チームの結束ができました。
結果は1勝2敗で残念だったけど、おもしろかった! ぜひ、またやりたい競技です。

午後は美術館へ。
美術館内の閲覧はもちろん、
併設されているウィスキー工場の醸造過程の見学をして、
ウィスキーとワインの試飲までしちゃいました。
まだまだオトナの飲み物って感じでした。
そういった意味では、まだ若いんですかね??

その後、軽井沢クラブの本拠地となる敷地へ。
その一角に聖火台がありました。
軽井沢は、世界で唯一、2回のオリンピックの開催地となった場所。
(東京オリンピックの馬術、長野オリンピックのカーリング)
そんな聖地とも言えるこの土地から、また新たなスポーツの形を発信していく。
その原動力になれたら、と改めて思いました。

9月半ばということで、晴れればそこそこ暑いのですが、
曇りや雨になると途端に涼しくなり、朝と夜は寒いと感じるくらい冷え込みました。
東京から比較的近いということと、この穏やかな気候から、
別荘地や観光地として価値を見出されたのかもしれません。

そしてまた、新たな価値を創造する。
そんな思いを軽井沢クラブ(軽井沢町の総合型地域スポーツクラブ)から感じるとともに、
今後の可能性をもっともっと広げて行けたら、と思う合宿になりました。


吉岡 健太朗



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