SEEDS-net  vol.41
2005年12月 5日発行


いつのまにか、もう師走ですね。
12月といえば何かとイベント目白押し&様々な期限が迫り来る忙しい時期。
皆様いかがお過ごしでしょうか?
SOJは年始早々に配り始めるフリーペーパーの準備に駆けずり回っております。
しかし、だからといってメルマガの手は抜きません!!
今回目玉は、スラムダンク勝利学の著者辻秀一さんインタビュー前編。
これを読めば、何故今の辻さんがいるのかがわかるはず!!必見!!


<もくじ>
ひとから見るスポーツ NPO法人エミネクロスグループ代表 辻秀一さん
マイレポート 野球小僧塾・野球アナリスト養成講座<
マイレポート 日本スポーツ学会
マイレコメン 地図にない国からのシュート

++ ひとから見るスポーツ++ NPO法人エミネクロスグループ代表 辻秀一さん


辻秀一。「神の囁きと出会いが今の自分を創っている。あまり将来何をやりたいだと
か、大きな夢に溢れてここに行き着いたんじゃない。今このときに集中っていう感じで、できることをやっていましたね。」と自分の半生を振り返った。
スポーツが大好きだった少年時代。勉強とスポーツの両立に大変だった青春時代。医者という仕事をこなす中で葛藤を感じた青年期を経たからこそ、今がある。
現在はスポーツドクター・内科医・バスケ監督・作家・NPOエミネクロスの代表・講演家・メンタルトレーナー・時にはバスケもやる、と様々な顔を持つ辻秀一は現在進行形で今を生きている。

医者しか仕事を知らない子どもが憧れたオリンピック。

「将来はオリンピックに出ることが僕の夢でしたね。」と語る辻はとにかくスポーツが大好きで、得意な少年だった。小学校時代は剣道。中学校からは、剣道部がなかったのでバスケ部に入るものの、受験校という世界の中ではスポーツ一筋というわけにいかなかった。
「クラブ活動は中高一貫なので、とても盛んでしたけど受験校ですからレベルが低かった。県大会1回戦に行けばいいっていうようなチームでしたね。ただ、バスケットボールはとにかく大好きでした。」と当時を振り替える。
高3の秋にエネルギー関係の研究職を目指したものの、『頭だけで勝負するととても厳しいな』と現実的に考え、辻青年が選んだのは医学部。
辻の家は代々親戚が医者の家系だった。辻で14代目。
ただ、だからといって医者になれと言われたわけでも、憧れていたわけでもないのが不思議なところである。辻青年は医者という職業以外をあまり知らずに生きてきたので、単に次の選択肢が余ってなかったのである。

バスケがしたい。
そして、大学進学を決めた時に辻青年の胸にぱっと浮かんだ思いは『バスケをしたい』という気持ちだった。高校時代のフラストレーションだったスポーツを追及したいという気持ちを大学では感じたくないと思い、大学はスポーツと勉強の両立を基準に選んで条件のいい北海道大学を選ぶ。「医学部に行っても、バスケをやってインカレに出るとか、全国大会で何かできるとかいうような環境に行きたいと思った。そうすると、単科の医科大学に行ったらだめじゃない。 多分インカレ出られないから。それでは夢が破られるので、キャンパスに体育館が併設されている大学で、インカレに出られる大学。ただ、結局入っても3軍はいやだなあと思ったから。1軍か2軍で試合に出られるようなところで北大に行こうかなって思った。おかげで、医学部のほうの大会で全国に3回くらい優勝して、インカレにも出させてもらった。バスケット三昧でしたねえ」
辻は北海道大学を卒業して、慶應の内科局の入局試験を受ける。
そして、慶応内科局と川崎市立病院で二年ずつ研修を行った。「整形外科医は嫌だ
った。スポーツはいったんそこで諦め、内科医になろうと思って内科医になって、その4年間はめったに家に帰れないで、当直室で死んだように寝ているっていう、それこそ『ブラックジャックによろしく』のような生活をしていましたね。」
しかし、辻は、研修も残すところあと半年とする頃に、1回目の『神の囁き』を聞く。

今を生きる。『お前が本当にやりたいことはなんなんだ?』
辻自身は神の囁きと言っているが、それは常に今と向き合って真剣に生きてきたからこそ、こぼれた自らの心の囁きなのかもしれない。
「かなり一生懸命やって、論文も書いて学会発表もして、とても優秀な内科医を目指してたわけですけど、一番の疑問はね、医者が人に奉仕をするっていうのが根底にあるといいながら、徹夜が3日続いて夜中に来た患者さんに文句を言っている自分がいたんだよ。まあ、言ってしまいますよね。徹夜しても昼は普通どおりに仕事をしているわけだから、医者って。後、仕事上言葉を繕わなければいけないことが多かったんです。 んで、どうも自分の哲学に合わせにくいなあっていう感覚があった。そして、神の囁きがあって。お前好きなものは何だ?って。そしたら一発でスポーツだって。子供の頃の夢を忘れていたけ
ど、やっぱオリンピックだったしなあ、スポーツしかないなと。ただ、ちょうど結婚していた
し、家内に言ったら今更スポーツでどうするのよ。と言われたけどね。」
スポーツしかないと思った矢先多くの不思議な出来事が舞い降りてくる。
それも続け様に。

大学時代の先輩の電話で日本バスケットボール協会の医科学研究部へ、顔を出すようになる。当時、日本リーグ・バレーボールの試合中にフロー・ハイマン選手が突然死し
た。その出来事を境にバスケを含む様々なスポーツの世界で、メディカルチェック・救護体制の整備が叫ばれるようになる。そしてバスケ好きの内科医であった辻秀一に白羽の矢が立った。そして辻はそれをきっかけにバスケットボール協会の仕事を始める。

『バスケと医療って実際に結びつくっていうのが現実にあるんだなって感じでした。平日は内科医をして、土日に協会を手伝う。その延長線上でジャパンについていってユニバーシアードにも行ったし、アジア大会も行ったし、オリンピックは行けてないけど、ほぼ俺の夢は果たせたんですね。ただメディカルチェックも大会救護もチーム帯同も、なんか俺の本当にやりたいこととは違う感じがしたんだよ。そんなことを僕はスポーツと接点ができたことで感じられた。』
そんな時に、再び転機が訪れる。
慶應義塾大学に、内科のドクターによるスポーツ医学の研究室が立ち上がる。
そこで言われた言葉は、「これからは内科医がスポーツ医学をやる時代が来る。生活習慣病が増えてくるから、内科医がライフスタイルマネジメントをやるんだ。」
辻は協会の仕事をしていて、感じた疑問の答えがそこにあるのかもしれないと思い、その研究室にちょっとずつ出入りするようになった。
平日は、内科医。休日は、協会の仕事や遠征。その合間を縫ってのスポーツ医学
の勉強。
また、当時骨粗鬆症が世間で広まり、リュウマチの研究をしていた辻は、骨と運動機能の権威ということで、骨粗鬆症の運動療法における一躍大家になった。
辻の生活は、その後約一年間このような形で忙しくなる。しかし、その一方で、辻自身の中で疑問は膨らんでいく。
『俺のやっていることなんかちゃうな?このままでいいのか?いやよくない。』

何をしていいのかわからないから、わからないから。
とりあえず、バスケをしたんです。

2回目の神のお告げで、辻は内科医をやめるという思い切った決断をした。
しかし、日吉のキャンパスのスポーツ医学の研究室に有給のポジションは無かった。
辻には家族がいた。このままでは、生活が出来ない。
それでも自分の思ったことをやる為に、アルバイトをしながら研究室に通う日々。
多忙な毎日を繰り返すうちに、研究室の中で有給としてお金が貰えるようになった。
そんな折、慶應の研究室にいた辻に、慶應のバスケットボール部が、チームドクターを探しているという話が舞い込んできた。そこから新たな人生が始まる。
『体育会のバスケット部のチームドクターっていうのになってしまったわけです。けど、僕が実際何ができるかっていうと、チームについて何かやれたっていうのは今までない。骨粗鬆症の内科のマネジメントで、中高年女性たち相手の仕事と、協会でトップアスリートの仕事をやっていたけど、チームづくりまでやってないですからね。 救護とか、医療の活動しかやってなかったので、そこで初めてチームに入って、何をしていいのかわからなかった。だから、とりあえずバスケをしたんです。練習を一緒にすることが一番できたから。当時慶應は2部、僕もその当時30。30だからまだ結構やれたかな。僕はとにかく練習に行きました。夕方いつも4時から7時くらいまで、毎日練習行ったし、選手と一緒にモップかけたりもした。だから本当に一緒にバスケやっていたって感じです。みんなに変わっていますねえ、みたいに言われたけど、できることはそれしかなかったから。そしたら本当にバスケ好きなんだなってのは選手たちに伝わったみたいですね。』
選手と一緒にプレーしていくうちに、段々と自分が何を還元したらいいのかなっていう話になった。最初に目をつけたのは、栄養。次にトレーニングのことをドクターとしてか、一緒にプレーするものとしてかアドバイスするようになる。その後慶応の豊富な施設を使ってメディカルチェックを始めるのだが、その頃にはバスケ部だけでなく、慶應の体育会を中心にいろんなチームを辻はサポートするようになっていた。
そんな折に、また神の声が聞こえる。

何をするにしても心。『自分が担当サポートしているクライアントやチーム
は、慶應っていう名前や大学にある豊富な施設があるってことで来てんじゃねえか?』
辻は自らの存在価値に疑問を持った。そして、また新たな決意をする。
『俺がいればできることがしたい!!』
「それが神の声として聞こえている時に、僕に大きなメッセージがあったのは、体育会のどのチームを見ても、そして、骨粗鬆症をはじめどんな人たちのライフスタイルマネジメントをするにしても、最大のキーワードはメンタルだったんです。心にアプローチしない限
り、どっちも成功はできない。何をするにしても心だと思ったんです。」
そして、心について勉強するべく辻は、日本のスポーツ心理学会に行った。
しかし、そこで見たものは研究結果という堅い活動だった。
「俺の求めていることとは違う。ぜんぜん実践的じゃない。」
そう思い、辻は渡米して、本場アメリカの心理学会を見に行った。
『アメリカのスポーツ医学の学会に出てきたけど、アメリカの応用スポーツ心理学会ってのに出たらもう目からウロコ。スポーツのモノの考え方を日常に活かすことっていうのが応用スポーツ心理学会だったのです。これはとてもおもしろいなあと、医学のことをベースにして色んなことを知っているから、それを基にして僕の売りはこれにするべきだと思ったのね。 そしたら僕さえいれば役に立つしな!その知識があれば。だから、僕のクライアントは、それこそスポーツ選手から音楽家まで誰でもOK。僕の持ってるノウハウでその人の持ってる輝きを作れることができるから。これだと思った。』
それをさらに深めようと思った辻は、慶應でのことを思い出す。
慶應時代に、心のことを選手などに勧める題材として使用したものがあった。
それが、井上雄彦が描く超人気バスケ漫画『スラムダンク』であった。
『スラムダンクの漫画をコピーしたりしていろんな選手やいろんなチームに配ってメンタルトレーニングってのを教えて回っていたんです。もっと多くの人にも読んでもらえるよう公にしたいなと思って、バスケットボールマガジンにこんなアイディアでこんな連載したいんで井上先生を紹介してくださいって言った。』
その出会いがその後の人生を大きく変えるのである。

辻さんの人生を変えた出会い。それは井上雄彦氏との出会い。それは辻さんの何を変えたのか。次回後編へ続く。お楽しみに!


エミネクロス・グループ→http://www.eminecross.com/

篠 雄也、伊藤 祐己 



+ マイレポート + 野球小僧塾・野球アナリスト養成講座
1,2,3、どっー!ということで、12月3日土曜日に、私が行ってきたのは、『野球小僧塾・野球アナリスト養成講座』というイベント講習会。「今年のプロ野球を一挙に総括する!球界プレイバック2005 〜野球アナリスト養成講座無料体験コース付〜」というタイトル名で行われました。

その前に『野球アナリスト養成講座』の説明を少ししておきましょう。『野球アナリスト養成講座』とは、講師に行木(なめき)茂満氏(データスタジアム)を迎え、これまで野球アナリストとして培ってきたノウハウを受講者に伝授していくもの。今までの主な内容としては投手の球種を見分ける方法や、実際のデータを記入し、データの分析方法までを学びました。『野球小僧』というムック本の編集部が主催しているた
め、『野球小僧塾』となっています。前置きはこのへんにして、本題に入りましょう。全3部で構成されました。

第1部 2005年のプロ野球を振り返る!
●出演:行木茂満、矢野幸大(データスタジアム)
今シーズンの千葉ロッテ、阪神タイガースがなぜあんなに強かったか?横浜の快進撃の理由を細かいデータから説明してもらいました。例えば、ロッテはイニング先頭打者をランナーに出した時、返ってくる率が12球団トップ、というデータや進塁打率といって、打って本人がアウトになったとしても、ランナーを進める割合も他の11球団を離してトップなのです。阪神ではJFKの強み、横浜は打線の固定化、先発陣の安定をいろいろなデータから説明をされました。

第2部  炎のストップウオッチャー講座
●出演:キビタキビオ
『野球小僧』紙面上で連載中であり、ストップウオッチを使い、ボールの滞空時間や走塁の駆け抜けタイムを測って、選手の能力を知っていこう!というものです。主
に、ドラフト候補とプロの選手を比較します。面白いのは、単なる打球の結果は関係ないところにあります。例として出てきたのが、早稲田大学野球部で一年生からレギュラーを取り、春秋連続でベストナインに輝いた上本選手。 体は大きくないですが、フライアウトのボール滞空時間は6秒台を出すことが多いです。スイングスピードがあるからこそ、高く舞い上がるのです。テレビ観戦でも出来ますので、一度試しにやってみてはどうでしょう?

第3部 野球アナリスト養成講座 ダイジェスト版
●出演:行木茂満、星川太輔(データスタジアム)
球種判断方法や分析方法、分析したデータからどんなことが分かるか、といった流れでした。一見難しそうですが、そんなことはありません。私が野球を見る時は、いつもやってますから(笑)。そんな私でも、目から鱗だったのが「キャッチャーの位置、ミットの位置からどんな球種か考える」ということ。私の場合はキャッチャー自身の視点から配球を考えていましたが、いろんなところから情報は得られるもの
だ、と教わった感じがしました。ミットが体から離れて構えていたら、変化球を予測してくださいね!

昔から「確率のスポーツ」といわれる野球。その時その時で最も確率の高いであろう戦術を選択していくことから、このような名前がつきました。近年はコンピュータを駆使して、膨大な量のデータをはじき出し、管理するようになってきています。この仕事をするのが「野球アナリスト」。野球経験がなくとも、データ分析などはできます。場合によっては、下手な癖がないために、うまくいくかもしれません。というか、未経験者も働いているとのことです。むしろ新しい、経験者が気が付かない視点を発見できるかもしれません。 今回の講習中に、データから気が付いたことを隣の方と話す機会がありました。その方は経験はないのですが、かなりのロッテファンで、独自の見方をもっており、私もびっくり!勉強させてもらいました。たまには一球、一球の読みあいもおもしろいですよ!「間を楽しむ」ことも野球の楽しみ方の一つですからね。まずは、『野球小僧』を手に取れば、アナリストがどんな感じかはつかめるはずです!

各HPはこちらへ!
野球小僧公式HP
DataStadium---データスタジアム株式会社---


西山 裕貴


+ マイレポート +  日本スポーツ学会

11月21日に早稲田大学競技スポーツセンターにおいて日本スポーツ学会11月例会が行われました。今回は日本テレビ勤務時時代に箱根駅伝の生中継、劇空間プロ野球、世界陸上東京大会などをてがけた潟Xカイパーフェクト・コミュニケーションズの田中晃さんをゲストスピーカーにむかえ、『スポーツ中継に演出は必要か?』についての講演が行われました。

講演を始める前に、田中さんは私達にある質問を投げかけました。「現在のスポーツ中継に対する不満や怒りはありますか?」参加者の中から何人かが「スポーツ中継が過度にバラエティー化していないか。」や「中継なのに、試合が途中省略されているのはおかしい。」などといった意見を出しました。 意見をひと通り聞いた後、そういった不満や怒りを感じるようなスポーツ中継が存在する原因として田中さんが挙げたのは“スポーツ中継に対する正しい批評がないこと”でした。それはスポーツ中継ならではのドラマツルギーが理解されていないためで、そのスポーツ中継独特の演出に関する話題を中心に講演は進んでいきました。

途中いくつかのスポーツ中継のビデオをはさみながら田中さんが話してくださった、作り手の哲学によって同じ試合でもまったく違う中継になること、世界陸上東京大会の世界トップの真剣勝負を見せる上で「競技をわかりやすく見せる」「選手の対決のドラマを徹底的に見せる」ことを追求したこと、箱根駅伝の中継においては「放送させてもらっている」という気持ちを忘れずにやっていることなどは、自分にまた新たなメディアの一面を見せてくれました。

今回の講演のようにスポーツを伝える側の思想を聞くことで、今まで見えていなかったスポーツ中継の作り手の意図を少しでもくみとることが出来る視聴者が増え、スポーツ中継に対する正しい批評が行われるようになることを願っています。よりよいスポーツ中継を目指すために、私達視聴者の目というものが欠かせないの
です。

大貫 冬斗 


+ マイレコメン + 地図にない国からのシュート

今 巧海 『地図にない国からのシュート・パレスチナ代表の闘い』 岩波書店

「テロ」と聞いてみなさんは何を思うだろうか?無差別に他人の命を奪うあまりにも理不尽な行為。 だろうか?その様に思う人は少なくはないだろう。
テロリリズム・・・ 心理的恐怖心を引き起こすことにより、政治的主張や理想を達成する目的で行われる暴力行為のこと。またはその手段を指す。 ( ウィキペディアより )

パレスチナの人の中には国の存在を世界中に主張する為にテロを行うものもいる。青々として、平和とは無関係のような芝の上でのテロリズム。彼らは石を投げたり銃を撃つ報復行為によってではなく、ボールを蹴ることによってパレスチナという“国家の存在”を世界中に叫ぶ。 「パレスチナ問題」だけでなく「世界情勢」を知るきっかけとして「スポーツ」も一つの手段である。
この本の中には、ブラウン管越しではなく、生のパレスチナが存在していた。

内田 大三




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