SEEDS-net  vol.43
2006年1月 16日発行


年が明けて第一号になります。
今年、スポーツ界はどうなるのでしょうか?今スポーツ科学は常に進化しています。
今年も何かが起こるのではないかと思っています。そして私たちも何かを起こすべくまい進してまいります。
それではSEEDS-net vol.43をお楽しみください。

<もくじ>
短期連載企画 ユニサイクルと安藤勇太
マイレポート ラグビー大学選手権観戦ルポ
マイレポート 女性スポーツサミット
マイレポート レッズランド もちつき&凧揚げ大会

+ 短期連載企画 + ユニサイクルと安藤勇太

SOJ 安藤 勇太  ユニサイクル 一輪車100mスプリント世界記録達成特別短期連載

1月7日放送の、『徳光&所の世界記録工場』という正月特番を見た方はいるだろうか。特番の時期になるとよく放送される『スポーツえらい人グランプリ』の特別版で、世界記録誕生の瞬間に番組で立ち会おうという企画である。その中に、「ユニサイクル 一輪車100mスプリント」の世界記録に挑んだ男がいる。安藤勇太である。このSEEDS-net読者の方ならば、この名前に見覚えがあるかもしれない。そう、彼は我々SOJのメンバーでもあるのだ。SEEDS-netの記事も書いたことがある。

安藤は小学生の頃から一輪車に乗り続け、競技の世界でもトップクラスに位置するほどの選手である。多くの人が小学生の頃には一輪車を経験するほどに普及率は高いが、一般の人が一輪車競技と聞くと、「一輪車にも競技の世界があったのか」というほどに競技の認知度は高くない。社団法人日本一輪車協会が日本の一輪車界を統括しており、全国各地には一輪車クラブが存在する。その中のひとつの日本一輪車協会名古屋支部で、安藤勇太は一輪車競技と出会った。 小中学生時代は少年野球やソフトテニスを掛け持ちし、さらに愛知県内上位の成績を収めながら、一輪車でも日本トップレベルの成績を収めている。’04年、日本で行われた国際一輪車競技大会では、10kmマラソン優勝
や、フリースタイルのopen x部門では2位という好成績を残すほどの実力者である。今年度からは早稲田大学スポーツ科学部に在籍し、週末は関東各地のクラブを回りながら練習をこなしている。

そんな安藤が、世界記録挑戦の話を協会経由で聞いたのは、昨年の11月の半ばだっ
た。僕はその話を彼から聞いたとき、ぜひ出たらどうかと他人事ながらうれしくなったが、彼はまだ少し悩んでいるようだった。

「まだテレビ局の中でも企画段階だったそうで、通るかどうかもわからなかったし、フリースタイルの全日本大会が12月にあるのもあって、断ろうかと思っていた。だけど、企画が通ったと聞いたときに、一輪車の知名度を高めるうえで、非常にいいことだと思った。マイナースポーツとしての一輪車の普及活動としても大きいことだと、出ることを決めた」

こうして12月末の収録に向けて、所沢にあるキャンパス敷地内を使って、毎日の練習が始まった。彼のベストタイムは12秒51だったが、今回の車輪の規格が大会で使用するものとは異なり、12秒11という世界記録は全く未知数だった。

「練習のモチベーションというのは難しかった。世界記録が出せるかどうかっていうのは、まったくわからなかった。規定も違うし。それに、最初に話が来たときは、世界記録を出すっていう気持ちよりも、一輪車競技がスポーツとしてメディアに取り上げられるっていう普及活動の思いのほうが強かった。テレビに出て、一輪車という競技がみんなに知ってもらえればという甘えがあった。それでも毎日練習しているうちにだんだん気持ちが変わっていき、1週間前には『絶対に出してやる!』という気持ちになった。普及というのも大事だけれど、なんでだろう? やっぱり勝負が好きなのかも」

自分の中から湧き上がる記録達成へのモチベーションがある一方で、外から感じるプレッシャーも相当感じていた。普段あまりメディアに取り上げられないマイナーなスポーツをやっているときとは違ったプレッシャーである。

「プレッシャーも半端じゃなかった。準備をしてくれたディレクターの方も自分をしっかり選手として接してくれたし、担当のADの方もよくしてくれた。一輪車を普及させたいという強い思いがあるからこそ、記録が達成できなかったらっていうのもあるし。もし記録が達成できないにしても、記録と程遠い走りをしたら全国の一輪車に乗っている人たちに申し訳ない。 今までは自分のために走っていて、いい結果が出なくても自分が悔しいだけだったけど、今回は今までと違った。だから、そういうまわりの人たちの期待に応えなくてはっていうこともあって、絶対にベストの走りをしなくてはいけないっていう思いが強かった」

彼は毎週木曜日のSOJのミーティングにも顔を出しながらも、しっかりと毎日練習を積み重ねた。週末には、レースが速い選手が在籍する土浦のクラブにまで所沢の自宅から数時間かけて足を運び、少しでも記録に近づけるように、そして記録を超えるようにと努力を尽くした。

そうして、とうとう12月20日の収録の日を迎えるのである。(次号へ続く)

安藤勇太オフィシャルサイト:
http://yuta-ando.com/

伊藤 祐己




+ マイレポート + ラグビー大学選手権観戦ルポ
5年連続で同じ顔合わせとなったラグビー大学選手権決勝、早稲田―関東学院。過去4年間の対戦成績は2勝2敗の五分。清宮監督の最終年といわれる今期、決着をつける試合となった。
清宮監督が就任して以来、公式戦で学生相手に負けたのは、関東学院との決勝戦2回のみ。今期も、圧倒的な力でここまで勝ちあがってきた早稲田。清宮体制を、有終の美で飾れるか。スタンドは晴天のおかげもあってか、メイン・バックスタンドはほぼ満員。ゴール裏も早稲田側はかなりの客の入り。国立では久々に見る観客の多さだった。

キックオフ直後から早稲田がボールを支配。15分、ペナルティゴールを、日本代表の五郎丸が決め早稲田が先制する。しかしその後関東学院も粘りのディフェンスを見せ、追加点を許さず、逆に早稲田ゴール前に攻め込む。早稲田はターンオーバーから一気に外へまわし、最後は首藤が50M以上の独走トライで差を広げる。その後も早稲田はドロップゴールなど多彩な攻撃を見せ、得点を重ね20−0で前半を終える。

後半に入っても口火をきったのは早稲田。開始早々の5分、バックスの展開から、首藤がこの日2つめのトライを挙げる。関東学院もこのままでは終わらない。
10分、北川がトライを決め初得点。さらに主将・有賀を中心に攻め込む。しかし早稲田は分厚いディフェンスで関東学院の攻撃を封じ込め、ターンオーバーを連発。この球際での差が、勝敗を分けた。
30分、清宮早稲田の象徴とも言えるトライが生まれる。関東学院ゴール前で、スクラムを猛プッシュ。たまらず関東学院がスクラムを崩すペナルティ、すぐに速攻を仕掛け五郎丸がトライ。かつて早稲田のFWといえば、軽量で力勝負では劣勢というイメージだったが、この5年間でそんなイメージは払拭された。準決勝でもスクラムトライを挙げており、その力はまたも実証された。しかしただ重いだけではないのが早稲田FW。37分には五郎丸がゴール寸前で倒されたところに、FWの松本が素早くフォロー。そのままダメ押しのトライを挙げた。

そしてついに訪れた歓喜の瞬間。41−5という決勝史上最多得点差の圧勝、31年ぶりの連覇という、まさに史上最強といえる強さだった。

私が高校1年の頃、早稲田は慶応や関東学院に完敗を喫していた。FWでは押せず、BKでも抜けず。いつまで早稲田は優勝できないんだろう。当時から早稲田ファンだった私はそう思っていた。それが今やどこにも隙のない最強のチームとなっ
た。この短期間に早稲田がここまで強くなると、当時思っていた人がいただろうか。そんな早稲田を大きく変え、いつもはインタビューでも自信にあふれた受け答えをする清宮監督も、この日は感極まって涙を流していた。 早稲田のFW象の変化、有力選手のスカウト、抜群の練習環境やサポート体制、アディダスとの提携など、この清宮体制での功績は数知れない。この流れを受け継いでいけば監督が変わっても、早稲田の強さは変わらないだろう。

試合終了後もスタンドを離れない観客。表彰式後、全部員がピッチに降りてくる。優勝したときにだけ歌うことが許される歌「荒ぶる」の大合唱。5年間で3回の優勝、もはやおなじみとなった光景に、スタンドからも手拍子と合唱の声があがる。この光景がこれからも毎年見たい。今にもスタンドの影に沈もうとする夕陽を浴びながらそう思った。

神谷隆太


+ マイレポート +  女性スポーツサミット
天王洲アイルを降りて、オフィス街へ。22階まで上がって、ナイキジャパンのショールームに到着。JWS(Japanese Association for Women in Sports)のメインスポンサーであるナイキが協力し、まさに世界会議の年に相応しい会場の雰囲気であった。

私はパネリストの方の接遇という役職だったので、パネリストの方と近くで接することができた。控室には、スポーツ界で働いている女性の方や、5月には熊本で「世界女性スポーツ会議」が行なわれるため、熊本の代表者の方もいた。サミットの主催であるJWSのスタッフもパネリストの方と仲が良く、打ち合わせも楽しそうに行なわれていた。 働く女性として見ても、彼女たちは自信に満ち、自分の仕事に誇りを持っているように感じた。簡単な言葉だが、本心からカッコイイと思い憧れを抱い
た。しかし、サミットで話を聞き、スポーツ界で働く女性ならではの悩みや、女性が少ないという現状を知り、やはり性差を感じずにはいられなかった。

女性の社会進出や地位向上が注目され、働く女性が増えている現在だが、正直スポーツ界においてはまだまだだと思う。選手を支える側で、女性がコーチやトレーナーになるのは少ないし、アスリートを引退した後のセカンドライフというパターンがほとんどであると思う。スポーツの現場で働くのは男性が多いし、選手の信頼という面でも、「女だから」という先天的なものはやはり消えない。 その中で選手の信頼を勝ち取っていくには、男性の持つ能力の平均以上のものが求められる。そういった面では不利であると思った。彼女たちが輝いているのは、女性だからという引け目を感じず、それをバネにできる強さを持っているからそのように感じられるのかもしれない。私もスポーツに関わっていきたいと思っている女性の一人だが「女だから難しい」と自分で思っている部分もある。 しかしその考えを捨て、誰にも負けないものを得るために、今何かできるかが重要であると思った。

小林 美南

+ マイレポート + レッズランド もちつき&凧揚げ大会
大学の講義が再開したものの、正月気分が抜けないというのか、コタツからどうも抜け出せない内田です。そんな正月気分を更に促進してしまうレッズランドにて行われたもちつき&凧揚げ大会のお手伝いをさせてもらいました。

凧揚げは10年ぶり、しかもスーパーで販売している既製品の凧しか揚げたことがなかったためスタッフである自分が一番緊張していました。それでも今年で80歳になる玩具作りの大先生や元気な子どもたちと一緒に凧を作っていく中で自然と浦和レッズやサッカーの話になったのはレッズランドマジックでしょうか。サクサクと作業は進み、マジックを持参した方は「祝天皇杯優勝」だとか「長谷部最高」などなど凧にメッセージを書いて完成!

レッズランドが誇る広大なグラウンドにて一斉に凧を揚げる時には子どもたちよりもお父さんたちが夢中になっていました。そして私は大先生が作ってくださったレッズのマスコットであるレディア君のイラストが描いてるスペシャル凧を揚げて数名の子どもたちの人気者になってしまい、次なるイベントであるもちつきと食事会に遅れてしまいました。それでも最後の直線を「あと30秒でダッシュでいったら間に合う!」と一緒になってダッシュしてかいた汗の後のおもちと豚汁は絶品!

クラブ会員同士の交流を活発にするためには運動することだけでなくとも、凧作りやもちつきなどの様にスポーツ以外での共同作業をすることも重要。そして楽しい時間を共に過ごすことでクラブ愛という熱い気持ちがより一層強まるのでしょうか。そんな大切なことに気づくことができたひと時でした。

内田大三



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