SEEDS-net  vol.45
2006年2月 13日発行


毎日まだ眠い目をこすって活動している読者の皆様こんにちわ。SOJです。ついにトリノ五輪開幕ですね。世界的なスポーツイベントが近年立て続けに日本で開催されていたせいか、 時差っていうやつが億劫でしょうがありません。世界的な大会の弊害です。ただ、その分世界単位で共有しているであろうその感動の大きさを考えると、スポーツ界で働いてみたい何て素人考えで思うわけです。もちろん、その感動の裏には沢山の人たちの協力があるわけなのですね。 それでは、メルマガをご覧下さい。

<もくじ>

ひとから見るスポーツ アジアリーグ事務局 山田亨さん
マイレポート 二つの顔
マイレポート スポーツと都市
マイレコメン チームリーダーの教科書

++ ひとから見るスポーツ ++ アジアリーグ事務局 山田亨さん
≫≫ 世界最大のメガイベント、W杯
冬季五輪の後も数年間白馬に携わっていた山田氏に、転機が訪れる。ちょうどその頃02年のサッカーW杯が目前に迫ってきた。イベント運営会社で働いていた山田氏にも声がかかる。その仕事はプロトコールという、VIPをもてなす仕事。

「W杯の仕事っていうのは、プロトコールっていう部署だったんですけれども、これはVIPが来たときに、いかに接遇していかに気持ちよく帰ってもらえるかっていうことを管轄している部署です。W杯を日本で運営する為のJAWOCという組織があり、その中の一つの部署です。ただそれらの多くの仕事をほとんど電通がやっていました。そしてその電通が請けた仕事っていうのは必ずまた下請けに回るわけで、僕が入ったポジションというのも、プロトコール部を請けた電通にある電通事務局だったんです。この仕事の中にもいくつかセクションがあって、僕が入ったのはホテルプロトコールでした。これは仕事の内容っていったらきりがないんですが、主にVIPの動きを常に把握して各支部に知らせることでした。

例えばFIFAのブラッター会長が来る時に来て車があるだけじゃなくて初めて日本に来るときにはJFAとして受け入れをしなきゃいけません。ブラッター会長が何時につくのかって言うのを確認しなきゃいけないし、JFAからは川淵さんが行くのか小倉さんが行くのか、行くにあたってその人のスケジュールを確認して車を用意しなければならない。そういったホテルというよりもVIPの行動を常に意識していなければならない、仕事だったので大変でしたけど、充実していましたね。おかげでFIFAの理事の方たちの名前をほとんど覚えましたから。あと、FIFAには色々な規定があって、『理事には必ず車を一台つけなければならない』というような明確な規定がありました。じゃあ今度、どの理事がどこで試合観に行くから何時に車をホテルのロビーにつけておかなくちゃいけないとか、そういう旅行代理店が得意とするようなこともやっていましたね。あと、W杯ではFIFAと開催国の親交を深めるために一緒にサッカーをする面白い習慣があります。そこで、ブラウン管の中の存在でしかなかった、ジーコやプラティニ、ストイコビッチといった面々とサッカーをしたりしました。一応仕事としてですけど ( 笑 ) 」

≫≫ アジアリーグアイスホッケー

W杯後は、再び元の会社に戻りスポーツイベントの運営や、グッズの企画制作などをやっていた。そして、何かの出会いのように今の仕事であるアジアリーグアイスホッケーに携わったのは03年の8月であった。その中で今までの経験を生かしながら、事務局としてリーグの運営を影から支えている。

「W杯が終わった後はもとの会社に戻って、それまでの単発的な仕事を続けていたんですけれども、あるところから『アイスホッケーの事務局を手伝わないか』、という話が来て、03年の8月にアジアリーグアイスホッケー( 03-04 シーズンは日本アイスホッケーリーグも開催)に入りました。
アイスホッケーの事務局っていうのはまさにリーグ事務局なので、リーグ全体の仕事、日程の制作、各チームへの連絡、リーグから発行しているプログラムの制作など、リーグに関る全ての仕事を今お手伝いしている感じですね。ポジション的には各セクションのお手伝いをさせてもらうっていう形なので僕が今まで色んな競技の事務局で培ってきた経験だとか、人脈をどう活かせるかっていうのを考えながらやっています。

アイスホッケーはまだマイナーでメディアにもなかなか取り上げられないっていうのがありますから、本当は各チームの地道な努力の積み重ねで大きくなっていくとは思うんですけど、例えば今までぼくの知り合ってきた人のなかでラジオやテレビでの告知が可能であればそういったものを紹介したり、雑誌社のほうで掲載してもらったりと、メディアとのつなぎ役や、リーグ主導イベントでのプラン作りや制作といった仕事をやっていますね。」

≫≫ マイナーリーグと呼ばれて


今現在スポーツ界ではプロ化が叫ばれている。2005年5月に発足し、9つのマイナーリーグが提携する日本トップリーグ連携機構もその一つの形といえるだろう。メジャーやマイナーという物差しでスポーツの価値を計ってしまうことはよいことではないが。 マイナーと呼ばれるプロスポーツリーグの実際を聞いてみた。

「アジアリーグは、将来的に日本のナショナルチームがオリンピックでメダルを取ることを目標にしています。しかし、6チームでやってきた国内リーグが、廃部や吸収・合併で結局4チームになってしまった。4チームではリーグ戦も面白くないし、力も付かないのではないかと思ったので、目標である金メダルに近づくためにどうしたらいいかを考えた時に持ち上がったのが、国際リーグ構想でした。また、韓国や中国のアイスホッケーも同じような状況下でしたので、 複数の国をまじえたアジアリーグという今の形になりました。そういった意味では、アジアリーグアイスホッケーの理念はしっかりしていると思うんです。ただし、その目標に向かうための組織っていうのがまだ脆弱だと思います。単純にプロ・アマ論で論じるべき話ではないと思うんですけど、今の事務局というのは、リーグの業務をしながら、参加チームの会社の仕事もやるという形になっているので。どうしても片手間になってしまう部分があり、責任の所在が曖昧となってしまう面もあります。だからどうしても甘えがあるし、時間的にも物理的にも全精力を注げない。かといってこの運営事務局がプロになれるかと言えば、今現在は難しいと思います。 ただ、改善の余地はあるかと思うんです。というのも今は各社からの完全出向っていう形になっていませんが、アジアリーグへの完全出向という形でスタッフが運営するだけでも違うと思いますね。雇用形態などクリアしていかなければならない問題はありますが。僕も一応出向と言う形にはなっていますが、リーグが赤字を出しても、参加チームが負担することになるので、事務局に直接的な“痛み”っていうのはないんです。もちろん、僕自身も反省する部分はあります。今まで当たり前のようにやってきたことが、今はできなくなっている、というか、やらなくなってきているんじゃないかなって反省する時もありますから。」

≫≫ スポーツ文化

ひとから見るスポーツの恒例の質問を山田氏にもぶつけてみた。
山田氏が考えるスポーツ文化とは何なのだろうか?

「自分が今置かれている環境で、こういう世界があったらこれはスポーツ文化だなって思うのは、スポーツをやったり、生で観たりできる機会が日常に当たり前のようにあることが、『日本にスポーツ文化があるね』って言われることになるんじゃないかなと思います。

具体的に言えば老若男女が当たり前のように日常の中でスポーツを楽しめる環境があればいいんじゃないかな、と。あとは、『スポーツをやってきたからこそ人間的に立派になったよね』って言われる世界にはまだなってないのかなと思います。単純に今、スポーツをまっとうした人って、体育会系で言われたことをきちっとやるといった意味で企業は昔から人材を採っていたと思いますけれど、もっとスポーツをやったことよって人間形成ができる世界になることじゃないですかね。僕には子どもがいるからこそ強く思うのは、子どもがスポーツに触れられる環境が当たり前にあれば、子どもを育てることも楽しくなっていいんじゃないかなと思うんです。文化と呼ばれるには長い月日が必要だし、様々な人たちの努力だとかが必要だと思うので、まだまだ時間のかかることなのかと思うんです。けれども、今後の自分の展望にも関わることですけど、そういったスポーツ環境を整えられるような仕事ができればな、と。単なる事務局のセクションでイベントをこなすっていう仕事だけでは終わりたくない。その先にある何かを自分も作っていきたいと思っています」

アジアリーグアイスホッケーはJリーグや日本プロ野球機構に比べればマイナーリーグである。その中で、“当たり前のこと”が当たり前にできていない、ということがマイナーリーグの問題点だとすれば、山田氏の言葉は、この仕事をしているからこそ言える、実に重い言葉なのではないだろうか。

篠雄也、小池絵里花




+ マイレポート + 二つの顔

2 月 1 日。早稲田大学新学生会館で、T & C( Trainer&Coach 's Support )主催のワークショップで、現役プロアメリカンフットボール選手と、理学療法士の2つの顔を持つ、工藤健太さん (31) のお話を伺ってきた。工藤さんは現在、Xリーグのクラブチーム「アサヒビールシルバースターズ」の CB として活躍しながら、理学療法士として働いているという一風変わった経歴の持ち主だ。

そもそもアメフトを始めたのは筑波大学1年。それから急速に力を付け、大学 4 年時にはクラブチームから声がかかる。クラブチームで活動しながらスポーツ医科学を専攻し大学院に進むも、大学院卒業後には、希望していたAT ( アスレチックトレーナー ) としての就職先は見つからなかったという。そこで、「広い範囲で医療を学んでから、スポーツ医科という領域に戻ってきた方がいいのではないか」と考え、理学療法士の専門学校への入学を決意した。この時点で 26 歳。専門学校を卒業し、国家資格を得た工藤さんは、 3 年前から病院で働いている。もちろんその間も、アメフトの選手としてプレーしていた。今現在も日中は病院で、お年寄りを中心に 治療 をし、夕方以降は、チームの練習という日々を送っている。

企業チームが撤退し、クラブチームが増えたXリーグでは、工藤さんのように、日中は、競技とは関係ない仕事をこなしながら、現役を続けている選手が大半だという。これも、現在のスポーツ界の現実なのだろう。

現在大学 2 年の私にとって、大学卒業後に、国家資格を得るために専門学校に通っ
て、その後、職業に就くという流れが、途方にくれるほど先のことのように思えた。私の周囲にも将来や就職のことを考えて足踏みをしている学生が多くいる。だが、今回工藤さんを目の前にして、 20 代をどう過ごすかは、大学を卒業して就職することだけが正解ではないことを、改めて感じさせられた。

最後に、ATを目指す学生に向けて、こんな言葉を伝えてくれた。「『スポーツ界で働きたい』という大きな目標があっても、そこに到達するための道はそれぞれである。小さいところから大きなところに進むのは難しいが、大きいところから小さいところに進むのは可能である。大事なのは、回り道とは考えず、進みながらも、幅広く、客観的に考えることである。そして、たくさんの人と出会って、繋がりをつくることだ。出来るだけ色んな事に出会って、色んな事に触れる機会を持ちなさい。」

今回、工藤さんの話を聞いて、「何かを始めるのに遅いことはない。」そして、「幅広い観点からスポーツ界への応用」という二点が、ビジネスの観点からも、医科の観点からも同じでように言えることが伺えた。そして、それを実行するのもまた、私たち未来を担う若者なのだと。そんな使命を感じて帰路についた。

http://tc-support.desporte.info/  (T & C 's Support のHP)

目次容子



+ マイレポート +  スポーツと都市

1 月 31 日、「スポーツと都市」というテーマでトークイベントが行われた。コメンテーターに川淵三郎氏 ( 日本サッカー協会会長 ) 、原田宗彦氏 ( 早稲田大学スポーツ科学学術院教授 ) 、大林素子氏 ( スポーツキャスター ) のお三方を向かえ、石原慎太郎東京都知事と 2016 年、 2020 年東京オリンピック実現を視野に入れた討論を行った。

まず、石原都知事の「日本をなめたらあかんぜよ!」という一言から始まった。都知事は日本の科学技術力の高さを世界と比較し、日本独特のオリンピック開催の可能性について言及した。 2007 年に開催が決まった東京マラソン ( ※ ) での実績は、東京でのオリンピック開催の布石となる。
※東京マラソン…今まで行われてきた東京国際マラソンと東京シティロードレースを一本化して、男子のトップ選手と男女の市民ランナー、障害者ら約3万人の参加を想定、アジア最大規模の大会を目指す。

川淵三郎氏は、東京のハード面の貧弱さを説いた。Jリーグが開幕する前まで東京には 15,000 人以上収容でナイター照明のついたスタジアムがなかった。さらに、日本のスタジアム設計は欧米に比べて甘く、概観だけはしっかりしているものの内部設が貧弱。日本では多くの規制があり建設が困難である欧米にあるような多目的スタジアムを、まず東京に造ることがこれからの日本のスタジアム建築のサンプルとなる。東京には巨大スタジアムを建設できるような場所がないように思われるかもしれないが、実は利用できる空き地が結構あるそうだ。

原田宗彦氏は、スポーツを触媒とした街づくりの重要性について言及した。スポーツは平和で公害を生まない観光産業、都市開発とは密接に関わっていくべきものである。また、自身の大阪オリンピック招致 ( 開催を目指した 2008 年大会は北京に開催が決まっている ) の経験から、東京オリンピックを実現するためには、スポーツに対しての“鉄板”を熱くする必要性を説いた。「する」ための体育館しかない日本には「観る」ためのスタジアムの建設が早急に求められる。そして何より、オリンピック開催に対しての市民の盛り上がりが一番必要である。

大林素子氏は、バレーボール選手の視点から東京オリンピック開催への思いを述べた。 1964 年の東京オリンピックはバレー界にとっては大変革の大会だった。そこから日本バレーの歴史が始まったといっても過言ではない。東京でオリンピックを開催することによって日本のスポーツを大きく変えることができる。それほどの影響力を持っているのだ。

石原都知事はまたこう述べた。日本人は世界でも誇ることのできるホスピタリティーを持っている。そう言った日本人のやさしさや、思いやり、そして、日本の歴史や文化は、意外と世界には知られていないのが現状。それを発信する絶好の機会がオリンピックである。カネのためのオリンピックではなく、ココロのためのオリンピックと言えるだろう。目的は一過性の経済効果ではないのである。

それに対し原田宗彦氏は、オリンピックレガシーについて説明した。オリンピックレガシーとは、オリンピックが残す遺産のことである。一過性の経済効果ではなく、都市の持続的な成長のため、長期的スパンで戦略的に街づくりを行っていく必要がある。ユニバーサルデザインやバリアフリーなど、今の日本には足りない面をこのオリンピックを契機に作り出すことができるのだと言う。

オリンピックがもたらすものは都市開発という面だけではない。子供たちに様々な影響を与えることが出来る。現代の子供たちはゲームやパソコンなどの遊びが増え、外に出る機会が激減している。それが近年の子供の体力低下を招いている最大の原因なわけだが、そういった子供たちが自由に外に出て遊ぶことのできる環境を大人たちは提供していかなければならない。誰もが自由にスポーツに触れることの出来る環境づくり、そして、何よりも子供たちに夢と感動を与える大きな機会、それがオリンピックである。東京にオリンピックを呼ぶことによって、東京に、いや、日本により良い生活をもたらしてくれるだろう。

今回、この4人が顔を合わせたことが、東京オリンピック実現に向けての大きな第一歩になったことは間違いない。

金石 浩爾


+ マイレコメン + チームリーダーの教科書
チームリーダーの教科書−図解 フジマキ流 アツイチームをつくる

スポーツをビジネスと捉え、成立させる。これは現在のスポーツ界にとっての願いでありあらゆるシーンでその取り組みが見られます。
スポーツ界に従来のビジネスの手法を取り入れる―「スポーツビジネス」界の手法はこの言葉に尽き、ビジネススキルを持った外部の人間がどんどんスポーツ界に登用されています。
では、スポーツ界からビジネス界に打って出せるビジネススキルは無いのか?
その代表格が「コーチング」と言えるでしょう。
本書の著書・藤巻幸夫氏はアパレル業界のカリスマ的存在であり決して、スポーツ界の人間ではありません。しかし、本著に書かれているメンバーのやる気を引き出す方法、組織を生まれ変わらせる方法はスポーツ界では「コーチング技術」として実践されてきたことです。(逆に言えば、指導者やチームを束ねるマネジャーにも応用可能なテクニックなのです。)
ちなみに、テクニック1つ1つの解説についている図解は全てシンプルでかわいらしくて、分かりやすいものばかりです。大学の授業で、仕事の場面で質の高いプレゼンテーションを発表をしようとしているあなたにも、多くのヒントが隠されているはずです。
 



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