SEEDS-net vol.69
2007年1月15日発行
  

読者の皆様、2007年が始まってもう2週間が経ちましたが、よいスタートは切れたでしょうか。2006年、SOJは多くの人と出会ってきました。中でも大きかったのが、GLOBE PROJECTを立ち上げた菅原聡さんとの出会いだったと思います。今回は彼の想いがギュッと詰まった記事を掲載しています。読んで、何かを感じたら、今年もスポーツ文化の変革へ向け、共に歩みを進めてまいりましょう!

<もくじ>


+ マイレポート + 第4代SOJ幹事長就任挨拶

 新幹事長に就任させていただくことになりました、小池絵里花(コイケエリカ)です。
前幹事長のような、ユーモアたっぷりの文章を書く能力は一切ありませんので、予めご了承くださいませ。
 
 実はこの記事を書いている今、まだ幹事長以外の幹部が決まっておりません。なので 2007 年、「こうしていくぞ!」という方針を皆さまに打ち出すのは、幹部が決まって、メンバーで話をきっちり詰めてからにしたいと思います。なので今回は、この SEEDS-net の編集者も務めさせてもらうことになった私がメルマガについてどう考えているのか、ということをお伝えしたいと思います。
 
 私が『スポーツ文化を変革する!』このスローガンに吸い寄せられるように SOJ に入会してから早2年が経とうとしています。先輩方の示す方向にただただ付いて行きながら、 TOKYO × SPORTS の制作を通じて、やればできるんだ!ということを実感した一年目。 BumB プロジェクトや GLOBE PROJECT 、 ANDO PROJECT をとおして、スポーツにアツイ想いをもって行動している多くの人と出会い、更にその想いをカタチにしていった二年目。改めて分かったことですが、アツイ想いを抱いて行動していれば、同じような人とまた出会えるみたいです。そしてその出会った人たちによって、可能性はさらに広がっていくみたいです。世の中は、そんな風にできているみたいなんです。

 そして同時に、自分たちの活動が自分たちの思っている以上に効果を挙げている、ということにも気づきました。もっと自信をもって自分たちの存在をアピールしていっていいみたいなんです。

 SOJ 自体は今年で6年目を迎えます。このメルマガに“ SEEDS ” -net  という名前が付けられていることからも分かるように、 SOJ はこれまで様々な種蒔をしてきました。そしてそれらは確実に成長し、芽を出し、前幹事長も述べていたように、それらがネットワークとして成長して、少しずつ収穫を実感できるようになった今、自分たちがそれをいかに活かすのか、という新たな段階に入って来ています。とはいえ、既存のネットワークが私たちの活動の支えになること、そして、そのネットワークがまた新たなネットワークを生み出す、ということは間違いありません。

 今年、私は幹事長になると同時にこの SEEDS-net の編集長も務めさせてもうことになりました、というか、しました。上記したように、人とのつながりが大事だと再認識したからこそ、隔週でこのメルマガを楽しみにしてくださっているみなさまと、スポーツ文化の変革に向けて見えない手と手をつなぎあえるように、そのツールとして、このメルマガでじゃんじゃん情報を発信し、自分たちの活動を知っていただき、確固たるネットワークを築くことができたら、と考えております。

 そして、そのためにも読者の皆さまからのご意見、ご要望を受け付けたいと思っています。こんな人にインタビューに行ってほしい、などの要望がありましたら、是非お知らせください。今後とも SEEDS-net をよろしくお願いいたします!


 小池 絵里花

+ マイレポート +  GLOBE CUP発足の経緯

 昨年の春、 SOJ は一人の男性と出会いました。その名は菅原聡さん。この出会いによって、 SOJ と GLOB EPROJECT がつながり、前回の記事にあった GLOBE CUP を共同開催したり、 SOJ のフリーペーパーが環境を取り扱うものになったり、他にもたくさんの進展がありました。やはり「あの」話がなかったら、昨年の SOJ の活動は違ったものになっていたでしょう。 SOJ メンバーの多くが感銘を受けた「あの」話をしていただこうと思います。
 
 
 GLOBE PROJECT とは「スポーツを楽しむことを社会貢献につなげる」団体です。

 この活動を通して、一人でも多くの人に、同じ地球で今起きている問題の現状を知り、それだけでなく「スポーツを楽しみながらこの現実は変えていくことができる」という可能性を知ってもらうために始まりました。
 
 この活動を始めるに当たり二つの大きな出会いがありました。

 2005 年から 2006 年に掛けて、私は大学のラグビー部を退部し、 1 年休学して世界一周の旅に出ました。旅をする中で、震災地や紛争地帯へ入ったり、難民やエイズ遺児のストレスケアのボランティアをしたり、貧困の村で生活したりしていました。
そこで知ったのは、
 

紛争地帯で国連職員が、 NGO が命がけで働いていること

なされるべきことが行なわれていないこと

そして、起きてはならないと思うことが起きていること

 

  お腹いっぱい食べるご飯も、安心して眠れる家も、水も、電気もある僕らの生活はこういった現実を締め出してしまって無視することもできます。けれども、自分自身を現実にさらせば見えてくるものがあります。
 
 
 ウガンダの北西で、 15 歳のコンゴ難民の子に会った時の話です。
 
【オーストラリアやカナダでも取れますが、コンゴは世界一のタンタル鉱石を産出します。この鉱石は携帯電話に欠かせない希少鉱物で、ノートパソコンや電子機器にも使われます。この鉱物を子どもたちが掘り出して、それを反政府勢力や腐敗した政府の官僚に渡して、それをどこかの豊かな国の企業に売っています。そして、それが携帯電話になります。私たちは携帯電話を持っていますが、このような過程を経た携帯電話を買っています。この鉱石の利権をめぐって内戦が今も激化、長期化しています。搾取された資源を購入し、消費しているのは、紛争地域の人々ではなくて先進国の自分たちであること。】
 
 話で聞いたことはあるかもしれません。しかし、実際にその紛争に巻き込まれて、なぜ紛争が起きているのかすら分からずに、 7 歳で一人になった彼を目の前にして、自分の日本での生活自体がこの目の前の現実につながっていることに、僕は言葉に出来ない気持ちになりました。
 
 彼に、「今一番困っていることは何?」と聞くと、「学校に行けないこと」でした。

 「何をしている時が一番楽しい?」と聞くと、「サッカーをしている時!」と言いました。
 

 
 たまたまマーケットで買ったサッカーシャツを着ていたので、彼にあげると、ものすごい喜びました。こんなことではなく、他に何ができるのでしょうか。できるではなく、援助なんていうことではなく、するべきことが私たちにはあるように思います。
 
 
 2006 年 9 月、アフリカのひとつの国で 20 年以上続いた紛争が終わったのをご存知ですか。ウガンダの北部グルでの紛争です。そこにはたくさんの元少年兵がいました。
 
 「逃げた子ども兵が軍につかまると懲罰として耳や鼻や唇をそぐんだ」
 「ひどい時は殺すんだけれど、それを逃げたこの友達にさせたりするんだ」
 「拉致された子どもの村へ連れて行って、自分の親を殺すように命令される」
 「そうすることで軍から逃げても帰る場所がなくなるから逃げなくなるし、洗脳もしやすくなる。そうやって従順な兵士を作っていったりする」
 「女の子も拉致されて性的虐待を受けたり、無理やり兵士と結婚させられて、まだ 15 歳前後なのにみんな子どもがいるんだよね」
 「武器をもてない女の子とかは地雷原を歩かされたり、銃撃戦のとき大人のたてになったりするんだ」

 
 1年前、まだ紛争の続くウガンダ北部で実際に現地のある NGO の職員から聞いた少年兵についての言葉です。ウガンダの北部では「神の抵抗軍 (LRA) 」と呼ばれる反政府ゲリラ軍が 20 年間紛争を続けていて、その兵士の7割は子どもで編成されています。子どもたちは志願したのではなく、村で拉致されて強制的に兵士たちになっています。
 
 「小さい子は 8 歳から拉致されるんだけど、 13 歳前後が一番多いね」
 
 彼がケアしている子どもたちは LRA に 7 年以上拉致されていた子どもを対象として、ケアや職業訓練を行なっていました。彼らの年は僕と同じ。同じ時代に生まれて、場所が違うだけで、こんなに違いがあることに、こんな現実が実際にあることにショックを受けて、実際に会いに行きました。
 
【バイクに乗りながら、元少年兵のチャールズ君のいる村へ向かう。 12 歳のとき、隣村まで用事で出かけた母親の帰りが待ちきれず、迎えに行く途中で LRA の部隊にさらわれた。数日後、大人の兵士が彼を村まで連れて行き、母親を殺すように命令した。そんなことは出来ない、と言うと今度は鉈を持たされ片腕を切り落とすよう命令された。「そうしなければお前もこの女も殺す」と。手が震え、頭の中が真っ白になった。とにかくお母さんも自分も命だけは助けて欲しいと思った。彼は鉈を何度も母親の腕に振り下ろした。手首から下が落ちた。その後、棒を渡され、兵士は殴るように命令し、お母さんは気を失っただけで命は助かった。彼はそのまま部隊へ連れて行かれ 3 年間兵士として戦った。】
 
 現在 18 歳。彼のことは NGO 職員から事前に聞いていました。今は母親の知り合いに引き取られて、家族とは別々に暮らしていました。
 
 「会いに行って、どうするのか?」という葛藤がありながら、村に着きました。僕を見て、それまで友達と遊んでいたチャールズ君の顔が少し緊張したのが分かりました。彼に誘導されて少し離れたところへ行きました。
 チャールズ君は絵を描くのが好きで、絵を見せてもらいました。ほとんどが軍人やヘリコプターの絵。ノートに書いたアチョリ語を総動員してコミュニケーション。
 
 少しずつ緊張は解けてきましたが
 

何も聞けない。もう十分。何も聞きたいことはない。
 
「何をしている時が一番楽しい?」 「サッカーしてる時!」

きた。また同じ答えが返ってきた。


「おし、じゃあみんなで今からやろうぜ!」

 

 試合開始。自分も高校時代、父を亡くした後しばらくそうでした。思いっきり走っている時、ラグビーをやっている時だけは考えずに済みました。練習以外はいつもふざけてばかりだったけれど、ラグビー部の仲間がいたから今の自分がいます。

 少年兵、エイズ、貧困問題。問題の解決には政治的、経済的な方法が必要で、スポーツをしても、字が読めるようになるわけじゃない、ご飯が食べられるようになるわけじゃない、貧困が解決するわけじゃない。それでも、スポーツで何か出来ないだろうか? 人生のさまざまな岐路に立った時、人の言葉ではなくて、心に残る体験が、スポーツが自分に勇気を与えたり、励ましたりしてくれることがきっとある気がします。
 
 たとえ問題を根本的に解決することはできないかもしれない。けれども、知る、変えるきっかけは作れます。スポーツを思い切り楽しみながら、未来を考えるきっかけを。

 そんな想いから GLOBEPROJECT は誕生しました。
 

 
GLOBEPROJECT → http://globe-project.jp
 
 現在は 第1弾として、フットサル大会を通してカンボジアの地雷原1万uを除去する活動を行っています。僕らの行うフットサル大会は、参加していつもどおり スポーツを楽しんでもらうだけで、その日楽しんだグラウンドと同じ大きさの地雷原が除去されます。
 

楽しむだけじゃ、もったいない。

楽しむことが、誰かのために。


 をコンセプトに、SOJの皆様やプロのフリースタイラー球舞、PUMA様のご協力を得ながら先日第 2 回が終了しました。

 今、さらにこれまでにない大会を作っていく メンバーを募集しています。メンバーはサッカーに限らずアメフト、バスケ、野球、ディズニー、環境問題に興味がある者など多種多彩な顔ぶれです。 少しでも興味・関心がありましたら、覗きにくるだけでも気兼ねすることなくご連絡ください。 ミーティングを週1で行っています。 よろしくお願いします。

info@globe-project.jp
 


 
 菅原 聡


+ マイレポート +  憎きレッズを見ながら、東京を思う。

 読者のみなさんは、正月のスポーツといえば何を思い浮かべるだろうか。 SOJメンバーの安藤勇太と対談したエース竹澤健介 を擁する、我が早稲田が久々のシード権を獲得した箱根駅伝だろうか。それもいいけれど、僕の家では、サッカー天皇杯だ。僕が小学校5年生の時から毎年家族で国立競技場に観に行っているから、今年でもう10回目になる。大晦日には PRIDE やら Dynamite! やらいろいろ開催されるけれど、元日に東京で行われるメガスポーツイベントは、このサッカー天皇杯くらい。日本サッカー協会も数十年前に明治神宮の初詣のついでに寄ってくれないかと考えた苦肉の策が、この伝統となった“元日決勝”らしい。今では「なでしこ」のフレーズですっかり知名度の上がった女子サッカーも全日本選手権の決勝を前座的に同時開催している。
 
 この日は、Jリーグ悲願の初制覇を果たした浦和レッズと、最終節で直接対決に敗れ、是が非でもタイトルが欲しいガンバ大阪の試合だった。試合の展開はケガ人や帰国したブラジル人が多く 1.5 軍的なレッズに対してガンバが一方的にボールを支配する展開だ。しかし、試合終盤にカウンターから1点を奪ったレッズが守りきって、去年に続いて天皇杯タイトルを獲得した。リーグ戦のときから、僕は個人の力があるのに引いて守りきるレッズよりも、ボールを回して試合を支配するガンバのスタイルが好きなのもあって、この日はどうしてそんなサッカーが勝てないものかと嘆いた。
 
 が、悔しかった理由は、それだけじゃない。好きなプレイヤーの1人である宮本恒靖がラストダンスを飾れなかったからでもない。フィールドではなく、その外側を見ると、いや、見なくても声が、雰囲気が伝わってくる。スタンドを埋めるのが、ほとんど浦和レッズのファンだったのだ。この日はレッズのコアサポーターが陣取る側のゴール裏はもちろん、バックスタンド、さらに反対側のガンバ側の自由席も、警備がサポーター間の緩衝地帯をほぼなくすほど、半分をレッズファンが埋めていた。バックスタンドのガンバ寄りに座っていた僕は、悔しくてしょうがなかった。
 
「ここは、中立地でしょう? いくら大阪のファンが来られないからといって、ここまで赤で染めないでくれよ。ガンバ寄りに座るならもうちょっと自粛しろよ」
 そんな愚痴を、隣にいた弟にこぼしまくっていた。
 
 ここで僕は考えてみた。なんで、こんなにもレッズのことを憎く思うのだろうか。しばし考えてみる。……と、それは、ある意味「うらやましい部分」があるからだ、という結論に達した。ここ国立霞ヶ丘競技場は東京である。そして、僕の出身も東京。いくら近いと言ったって、ホーム埼玉スタジアムのようにふくれあがり、表彰式後もスタンド中にいるサポーター。この歓喜の歌や盛り上がりは東京人に真似できるだろうか。FC東京だってゴール裏は熱狂的だし、そこそこの観客動員数があるけれど、あの一体感は浦和レッズには勝てない。そんなうらやみが僕の中にあったのだった。
 
 早稲田大学スポーツ科学部で学び始めて、そしてSOJで活動を始めてからすでに2年が経とうとしている。友人が言っていたけれど、気づけばモラトリアムももうあと半分だ。特別に具体的な目標はないまま入学したけれど、今ではちょっとした夢というか、理想があることに気づいた。東京の人が、浦和人にとっての浦和レッズや、関西人にとっての阪神タイガースみたいな、「俺らの誇り」を持てるようなモノがある街に、東京をしてみたい。
 
 できれば、スポーツで。
 
 東京は、おそらく日本の社会問題の原因も結果も詰まっている街だ。そんな街を、スポーツから変えることができたら最高じゃないか! 普段は顔も知らずにすれ違う人が、「俺らの誇り」だけで、ひとつにまとまれる。それが、「俺の東京」でできたらすばらしいじゃないか!
 
 まずは、レッズのアウェイの東京での試合に、浦和のサポーターをほんの少しだけ入れてスタジアムが満員になったらいいな。それができたら、あの、もはや世界レベルの「スポーツ文化」に負けない「東京のスポーツ文化」になれるのかも。そんなことを、僕は元日から思わずにはいられなかった。
 
 
 伊藤 祐己


試合開始3時間半前、前座の女子選手権決勝のキックオフ 30 分前ですでにこの入りである。レッズファンを中心に、女子の試合は寒さにも関わらず約 1 万 5000 人も入った。


+ Shino's Works + 江川卓に学ぶ

  何だか学生スポーツがおかしい。というのは年始からのスポーツの「福袋」を改めて見た率直な意見だ。そして、その違和感の渦巻きの中心にいるのは早稲田大学でもある。
 
 特に衝撃的だった、一つの試合の話をしたい。


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