昨シーズンはJリーグ初制覇を果たし、さらには天皇杯も連覇した、浦和レッドダイヤモンズ事業本部広報部長・白戸秀和氏インタビュー後編。
前号では「なぜ浦和にレッズが密着したのか」を中心にお送りしたが、今号ではまず、一昨年度の天皇杯を制し、さらに昨シーズンはリーグ戦を初制覇した浦和レッズのアジアを含めた今後の戦略について語ってもらった。
先ほどから何度も述べているが、浦和レッズは今シーズン、アジアの舞台へと初挑戦する。昨年リーグ制覇を成し遂げる前から、 2005 年度の天皇杯を制し、今シーズンのアジアチャンピオンズリーグ(以下 ACL )への参加は決まっていた。そのため、1年を通して、浦和レッズの ACL 、さらには ACL 優勝チームが出場できるクラブ W 杯への期待は高まっていた。そして、とうとうリーグ初制覇と天皇杯連覇を成し遂げる。今ではレッズファンだけではなく、日本サッカーファンの多くがJリーグで底力の差を見せたレッズに『今度こそはクラブ W 杯出場を』と期待している。その一方で、レッズは強化面とは違ったアジア戦略のビジョンも持っているようだ。
「海外で、アウェー状態の中、いわゆる“ガチンコ”の試合をするのはレッズにとって初めてなんです。もちろん、試合が一番重要なんですが、それとはまた別に、ハートフルクラブ普及チームによるサッカースクールをアジアでやろう、と思っています。
『サッカーって楽しいですよね』と子供たちに伝えるのは国も関係ないですし、どこでもできるはずなのです。実際にハートフルクラブは去年と一昨年に、スマトラ沖地震の復興を願うスクールをタイで2回やっています。そういう蓄積があるからできると思います」
『ハートフルクラブ』とは、サッカーを通じてホームタウンの人々と「コミュニケーション」をとり、共有する「夢」へ向かって「こころ」を育てようという、サッカースクールである。元レッズ選手のコーチが、ハートフルクラブ主催のスクールだけでなく、学校などにも足を運んでいる。さいたま市民にとってのおなじみの顔ぶれが、現役選手とは別の形で、アジアで活躍するという。また、日本人だけでなく、現地の人とも“ハートフル”なパートナーシップを組む。その国境を越えた効果は白戸氏も確認済みだ。
「中国メディアの記事の翻訳をしてもらった埼玉大学の中国人留学生を、ハートフルスクールに連れて行ったら、サッカーをやったことがないのにはまっちゃっていました。『もう帰りたくない』ってもう子供の笑顔になっていましたね(笑)。たった1時間でしたが、『こんなすごいことありません。日本に来て今日ほど幸せな日はありません』と言っていました。『国境なんて関係ない』というのを、実際その中国人の留学生を見て、すぐに理解することができました」
ホームタウンに根付いていることが基本なのが、プロスポーツクラブである。しかし、このグローバル化の時代、テレビ中継によって世界的な人気を獲得するクラブも出てくる。アジアで人気なヨーロッパのサッカークラブとして名前が挙がるのが、レッズとユニフォームカラーが同じ、イングランドのマンチェスター・ユナイテッドである。このクラブは、東南アジアを中心に、東南アジアでは抜群の人気を誇る。今回の ACL では東南アジアにも遠征を行う。「レッズがマン U のように世界的な人気を得るクラブに」というのはレッズファンだけでなく日本人の誇りになるような夢だろう。だが、そのステップはまだ早い、と「浦和中心路線」をクラブは変えない。
「それを言うのはまだおこがましいでしょう。『まずは浦和を中心に』っていうのは、絶対譲れないと思います。入場者の 75 %は埼玉県民です。埼玉がクラブの根っこであることは間違いありません。そこへ、僕たちが掲げている『サッカーやスポーツという切り口から人々が幸せになる』というようなムーブメントがまだ道半ばにもいっていないというときに、マン U だ、アジアだ、とは何を言っているんだということになります。
確かに韓国にも中国にもレッズファンはいます。彼らのパワーというものを近くで感じ、結果としてそれが広がっていくっていうことはあるかもしれません。しかし、純粋に『国境なんて関係なく、アジア中で幸せを分かち合えるんじゃないか』とハートフルクラブで貢献したいと思っています。もちろん、『海外にわざわざ何日もかけて行くんだったら、その分埼玉の小学校を回れるんじゃないか』という考えもありますが、今回はせっかくの縁だからアジアで貢献したい、という考えです」
とはいえ、もはや国内でも、浦和だけにとどまらない圧倒的な人気を誇る。スポーツ新聞でも、やはり露出はレッズが多い。他のクラブよりも詳細に練習の様子が記事になったり、カラー版になっていたりする。レッズが野球でいうかつての巨人のような、メディア露出の中心になりつつあるのでは、ということも考えられなくはない。が、白戸氏は現在のメディア露出に慢心してはいない。ここにも新聞記者出身ならではの分析が光る。
「メディアはそのときの一番旬であるものを取り上げているだけなので、これが本当の実力だとは思っていません。そこは2つ原因があって、文化という切り口で説明できる構造的な蓄積と、“勝った・負けた”というやや一時的なもの、つまり循環的・変動的なもの、この2つに分けられると思います。その結果としてメディア露出が表れます。レッズは、今は露出度が高いところにいますが、優勝したからこそ底上げされている部分もかなりあります。一時的な露出効果だけを見てしまうと、勘違いしてしまいます。構造(文化)とはJリーグが開幕した 93 年からどこまで蓄積していったのかが重要です。文化は、ミーハーというか、軽いものがなくても残るものですから。これをいかに強化していくかが一番重要なことです。優勝して地元の商店街を軽視しているような運営をしていたら、それでは“まちのチーム”になれません」
試合後にサポーターが自主的にゴミ拾いをするなど、彼らの愛はそうした部分にまで及んでいる。ここまで築き上げるには何かものすごいビジネスモデルが存在するのではないかと、スポーツビジネスを学ぶ学生としては興味深いところだ。しかし、白戸氏は、それは自然発生的なものとしか言いようがないという。あくまでレッズは自主性を重視する。サポーターと思いは理解し合いながらも、何かを要求するというところまではいかない。
「僕らはサポーターの保護者ではありません。自主性や自立性をお互い尊重すべきものなのです。彼らは自分がやっているという気持ちで応援しています。クラブに言われてやるのだったら、やらないでしょう。だからこそ、お金を払って来てくれるのです。僕たちがそこに手をつけることはできませんし、すべきではありません。そうしたことが結果としてビジネスになったのです。だから、ゴミを拾うということも、クラブは言っていません。『拾え』ではなくて、『拾いたくなる』。個人にも、サポーター全体にも、ひとに言われて作られたものではない、自分たちで作っている歴史があるんです。
スポーツビジネスが学問としてあるとするならば、実務とは無縁だと僕はよく言います。『生きていく上で掛け算は知っておいたほうがいい』くらいに思ったほうがいいかもしれません。あるクラブで成功したモデルを他のところで当てはめられるかと言えば、当てはめられません。ビジネスモデルっていうのは自分で書くものであって、学んで知るということは、事例を知ることはできても、真似をして成功できるというわけではありません。自分たちにとってよりベターな手法を、自分たちで考えるしかありません」
白戸氏に、こんな質問をしてみた。「生きている間に、浦和レッズがどのようになっていてほしいか」。そうすると、埼玉の誇りとしての浦和レッズ、そして再び成熟化社会におけるまちづくりについて熱く語ってくれた。
「僕はこの国の人々が幸せになるためのひとつの方策のモデルケースにしたいと思っています。『埼玉にはサッカーがある。浦和レッズがあって、みんな幸せだ』というような。それぞれの地域のアイデンティティはそれぞれの地域で考えるしかありません。『埼玉でもできたんだから、俺たちにもできる』。そういうようなモデルケースになれればいいと思います。
僕たちの取り組みが、何百万、何千万人もの人を幸せにつながれば、と思っています。三位一体改革が始まり、地域を国は食べさせていけなくなりました。地域が磨きをかけなければいけなくなります。昔から自治体は企業誘致をしていますが、その地域に拠点を置いている企業がその地域にいることを、その地域に住む人が幸せだと思っていることが前提でなくてはなりません。
多くの自治体が感じてないことですが、その地域に『幸せ』がなければ、本当の意味で企業は呼べません。『このまちはみんな生き生きしていて幸せだから、仲間に入りたい』って思わせることが必要なのです。『まちの仲間に入りたい、引っ越したい』という思いは、今住んでいる人たちが幸せに感じることが根っこにあります。それがなければ、税の優遇や補助金で企業誘致をするマネーゲームからは脱却できないでしょう。今は、浦和レッズの表面的経済効果はそれほど大きくありません。でも、その何百、何千倍もの効果があると思います。『幸福効果』といっていいでしょうか。それが、数字に出る経済指標が頭打ちしている超成熟国家の中での新しい価値観なのかもしれません」
最後に、 SEEDS-net 恒例のこの質問である。
――白戸さんにとって、スポーツ文化とはなんでしょうか?
「スポーツ文化はまだ日本には定着していないモノです。だから、それをつくっていきたいと思っています。スポーツはイロモノで、サーカス小屋の団長のように奇異な目で見られることもあります。やっていることはサーカスとは違うのですが、まだ完全に理解されているわけではありません。スポーツ文化がしっかりと理解された時には、例えばレッズランドはすごいことになるでしょうね」
成熟化した国家、また小さな政府へと向かう日本社会の中で、スポーツがまちへ与える可能性を浦和レッズというモデルを使って白戸氏に教えていただいた。これからの新たなまちづくりにおける、スポーツの持つ可能性はとてつもなく大きい。それは、現在の浦和レッズを見ているとものすごく実感が持てる。このムーブメントがさらに大きくなると想像するだけで、胸がワクワクするのは僕だけだろうか。そんなまちに、僕は住んでみたい。
小森 隆幸
伊藤 祐己 |