SEEDS-net vol.79
2007年6月41日発行
 

 早稲田大学が六大学野球春季リーグを制しました!! SOJ も負けてはおりません。アグレッシブに活動しております!つまり、メルマガのネタも、たっくさん!そこで今号はインタビューをお二つお届けいたします!ちょっと長いけれど、スポーツ界で熱く働くみなさまの想いをお受け取りくださいませ。

<もくじ>


++ インタビュー ++  ロッソ熊本 高木裕司氏、上保毅彦氏
2005年4月24日九州リーグ第3節:ロッソ熊本VS海邦銀行SC

 当時高校3年生だった私は、初めて体験する地元プロサッカーチームのホーム開幕戦を見るべく、熊本市水前寺競技場に足を運んだ。
 1−1で迎えた後半ロスタイム、このまま引き分けかとみなが感じ始めていたその瞬間、ロッソ熊本が勝ち越し点を決めた。サポーターの歓声があがる中、得点した選手がユニフォームのチームエンブレムを掴みながらメインスタンドの方へと向かう。
 私はこの光景を見ながら今まで感じたことのない喜びを感じた。自分の地元である熊本のために選手が戦ってくれたという喜び。そして勝利を収めたという誇り。
 これは自分も含め、今までプロチームが存在しなかった熊本の多くの人達にとっても初めて感じる喜びであったのではないかと思う。

 
 あれからほぼ2年が経った2007年3月、私は 熊本市 内にあるロッソ熊本の事務所にて元球団取締役の高木 裕司氏、現事業・運営本部長の上保 毅彦氏にインタビューをさせていただきました。Jリーグ入りを目指すプロサッカーチームとして、地方都市を盛り上げるスポーツクラブとしてロッソ熊本が歩んできた道のり、そしてこれからの展望について話していただきました。火の国熊本からこの情熱を全国へと発信したいと思います。


 ―始めは「何で今Jを目指すの?」から―

 Q. チームは今年で3年目を迎えますが、県民のチームへの注目度はどのように変わってきていますか―


高木裕司氏(元球団取締役)

 高木:最初のシーズンは九州リーグで、Jリーグを目指すということ自体が熊本ではナンセンスなことと捉えられていました。でも何処の地域でも一緒だと思うのですが、「そんなこと出来る訳ない」「新しいものには取り敢えず関心をもつ」という二つの受けとめ方がありますが、どちらにしろ「様子をみる」というのが大勢を占めるのではないでしょうか。

 「何で今Jなんだ?」という人もいたでしょうけど、それよりも「え!?」って驚いた方のほうが多かったのではないかと思います。そこで実際に九州リーグからスタートしたのですが、当時は無料試合にも関わらず様々な方々に来ていただいて、我々が考えていた以上の盛り上がりは当時あったんですよね。

 1年目は予定通り九州リーグで優勝しJFL昇格を果たし、 2 年目は当然JFLを取りに行っていました。それに対して周りの注目が「よし!今年勝てばJだ!」というように、メディアを中心に盛り上がっていたのは事実ですね。

 ただ、最終的に残念な結果になってしまい、 3 年目の今年どうかっていうところは、前述しました「様子をみる」という観点から「やっぱり駄目か」、という心理と、「プロ野球などの本当の意味でのエンターテーメント性の脆弱さ」に対して、若干なりとも(県民の注目度は)引いたのではないかとは感じています。

 プレシーズンマッチを観戦させていただいたのですが、今まで応援していた人達がそのまままた来ているかといったら若干減っているように感じたのも事実です。ただ、コアな人達っていうのは変わっていない。やはり、ここ1、2年で来ていた人達の何割かが自然に減っているなと感じました。

 どちらにしても、今年が一番頑張らないといけない年だということはサポーターの方々もご存知で、メディアの皆様も含め、期待という点で本当に注目してもらっています。

 
 「そんな夢みたいなことを言わないでくれ。」

 Q. 発足活動を始めた頃の周囲の反応や、立ち上げるまでのヒストリーを教えてください―
 
 高木:本当に「何で今Jなの?」っていう感じでした。

 だから漠然と「Jクラブを作りたい」、「Jに行きたい」って言っても当然誰も応援してくれません。そこでまず熊本というエリアで「どうすればJクラブができるのか」、結局熊本を「スッ」でもいいし「グッ」でもいいから動かせる人達と繋がらないといけない、そしてその人達に応援してもらわないとできないと思いました。まずは、その人達に出会うことに、ものすごく時間がかかったのは事実ですし、応援していただけることになった後は、どのような攻め方でいきましょうかというのがありますよね。

 そこで、熊本で一番影響力がある企業はどこかということをまず考えました。それは県庁なんですよね。いわゆる会社で言う従業員をたくさん抱えていて、資本金だなんだということを考慮すると県が一番大きな企業だと言えます。安易な考えだけど県を動かせば、動いてもらえれば、県民の皆様にも賛同いただけるし、当然それに利害関係を持つ企業も一緒についてくるという考えがありました。

 そこで、県庁の関係者の方々へアプローチしたところ、「そんな夢みたいなことを言わないでくれ」という返事でした。これは当時を振り返れば、元々財政基盤が思わしくないところへ「県民百貨店の立上げ」や、ことサッカーに関して言えば、「2002年ワールドカップ日韓共同開催時におけるベルギー代表チームのキャンプ地招致活動から決定に至る活動」等ありましたので、これは熊本に限らずどこでもいたしかたないのかなと感じました。

 
 ―周囲の盛り上がりがプレッシャーに―

 Q. 昨シーズン2位以内になれば昇格できたが残念ながらできませんでした。
 その反省と、逆に昇格できなくてよかったことはありましたか―



上保毅彦氏(現事業・運営本部長)

 上保:毎週月曜日の夕方になると特番が組まれて、地元新聞では毎日その日のロッソの練習状況が載っている状態。このようなことは関東では有り得ない話でしたからね。ある意味それが選手達のプレッシャーになったのかも知れません。特に、準加盟申請が通ってやたらと新聞等で「後は結果だけです」といった取り上げ方をされたことが、尚更プレッシャーになったのかもしれません。チームが勝つこと以外の条件はもう全て揃っていますと。これは一つの反省点だったかもしれません。

 フロントとしては昨年多くの企業にスポンサーとしてついていただいて、それを減らさないことです。逆に売り上げを増やしていくこと。これが今年はすごく重要なことだと思います。


 ―Jリーグ基準の下での準備―

 昇格できなくて良かったことを、強いて言うならば準備ができたことですね。例えばいきなり今までオール自由席1000円で売っていたチケットを、Jで2000円、3000円で売っていたらサポーターは来ません。プレシーズンで試したのですが、今年若干高い席にしてもお客さんはそれなりに来ることがわかりました。間にやや高めの年を入れることで徐々にJの基準に高めることができるということですかね。

 次は運営体制のほうです。開幕前のプレシーズンマッチというのは基本的にJリーグの基準の下で行いました。だから私達フロントはものすごく大変だったし、ボランティアや警備も大変だったと思います。

 でもこのような経験を積むことによって「あ、Jってこのような基準でやらなければならないのか」と、特に運営担当だとか営業担当に身に付けさせることができました。


 ―ライバルはどんどん来て欲しい―

 Q. JFLには、栃木や鳥取、岐阜また地域リーグにもJリーグを目指すチームがたくさんある。ライバルがたくさんいることをどう思いますか―
 
 上保:これは良いことだと思います。JFLの中で例えば、社会人同士の佐川対YKK、確かにこれは強い黄金カードかもしれないけど、それよりもロッソ対岐阜のほうが間違いなくお客さんは入るんです。やはり、我々と同じような気持ちを持ったクラブチーム、プロを目指すというチームが増えれば増えるほど話題はできます。だからこれに関しては(ライバルチームに)どんどん来て欲しいです。

 ただ、JFLというのは社会人チームを基準にして作ったものですから、当然のようにやり方にはものすごく差があります。もう根本的な考え方が違う。我々が何かやろうとしても規制がかかる。というよりルールができていないから何もできない。だからもしかしたらJFLというのはJを目指すクラブ側と社会人側だけでいずれは分かれるかもしれません。ただそうなった場合に、社会人リーグというのが残るのかなと。これだけバスケットボールやバレーボールで企業チームが潰れていっている中、それが残るのかというのはありますよね。

 Jを目指す他のチームとロッソの違いは何かという点で2つ挙げます。1つ目は監督、選手全員とプロ契約を結んでいる点です。もう一つは、ホームスタジアムを持たなければいけないとJの条件としてありますが、我々は他のスタジアムに比べて大幅な改修をする必要がないということです。そして我々のように常駐の職員が10人もいるようなチームもありません。我々は一歩進んでいるチームだといえます。


 何もないからこそ人が集まる―

 Q. プロチームの運営において熊本のような地方都市だから出来たこと、大都市には負けないところはありますか―


高木氏(左)・上保氏(右)

 高木:それはなぜ熊本でJリーグを目指すのかというのと同じで、熊本って何もないんですね。プロ野球チームがあるかというとないし、有名なアーティストのコンサート等は福岡で止まっているんです。住んでいる人が何かをやりにいくゾーン。そこにロッソ熊本というJリーグを目指すクラブがポーンと出来た。だから自然と集まってきた。その結果がここ1,2年の盛り上がりです。

 上保:浦和レッズについても同じで、浦和って何もないところなんですね。実は私は浦和出身なんです。悪いけど何にもありません。でも人口はやたら多い。

 高木:私も熊本で生まれ育って感じていたのは、10年ぐらい遅れたけど今熊本で(プロチームを)作れば集まるなということです。ストンと落とし込みさえすれば(うまくいく)。だからそういう面ではローカルの、熊本としての強みですよね。

 しかし、例えばいろんな場合の情報が遅いなど負の部分も当然あります。シーズンの終わりに選手を獲得しなければいけない時、関東・関西エリアには選手は沢山います。彼らは引越しをしなくてもチームを移動することが可能ですし、そこで未だ下部リーグの熊本のようなクラブに選手が来てくれるかといったら、選手によっては「え、熊本って九州のどこ?」からおそらく始まって…。今でこそロッソというチームが少しは浸透してきましたが。

 多少の負の部分もありますが、総合的に見れば今から「物事を起こす」ことが可能なエリアであるとは思っています。

 
「そんな夢みたいなこと」から始まったロッソ熊本。しかしチーム発足3年目にしてロッソのJ入りは現実味を帯びてきている。そこでインタビュー後半ではチームのこれからについてお聞きした。Jリーグに入ってから、そして更にその先でロッソ熊本が目指すプロスポーツクラブとは―


【参考リンク】
 ロッソ熊本 オフィシャルサイト
 ロッソ熊本 (wikipedia)


  蔵田 康太郎

++人から見るスポーツ++  スポーツデータバンク代表取締役 遠藤利文さん No.1
  今回インタビューさせていただいた遠藤利文さんが代表取締役を務めるスポーツデータバンクはスポーツ留学の斡旋や、大学生をコーチとし小学生を対象としたスポーツスクール(現時点では主に野球)の運営を行なっています。
 
 「陽のあたるところだけがスポーツじゃない」これは SOJ の先輩がよく使っていた言葉。“スポーツ文化の変革”への大事なヒントがここにある気がします。
 
 
 遠藤利文
 
 北海道出身で、小学生の頃は夏は陸上、冬はスピードスケートの選手として活躍した。高校でもスピードスケートをしたかったが断念、陸上でインターハイに出場した。しかしスピードスケートへの思いは衰えず、日本体育大学に入学し、スケート部に入部した。

 「オリンピック目指すんだ ! 」って言って。ちょうど橋本聖子さんなんかと同じくらいの年代で。2年間くらいやったんだけど、芽が出ないなぁって思ったのと、お金がかかったので、また別の進路がないかと試行錯誤しているときにアスレチックトレーニングっていうものに出会って。選手を辞めた後も、トレーナーとしてスピードスケートの選手を看てました。

 更に実地でも勉強したいって思ってグローバルスポーツ医学研究所っていうプロ野球選手とか大学のアスリートがたくさん来ている治療院に弟子入りして、 3 〜 4 年はずっとそこで勉強していました・・・授業出ないで(笑)その後は2年間バイトで軍資金を作ってアメリカに渡りました。トレーナーの資格っていうのが当時はアメリカにしかなかったから。アメリカでは 2 年間くらいトレーナーの勉強をしてたのかな。だけどそこでアメリカのスポーツ界を目の当たりにして、これはもうとんでもない差がある・・・と。

 
 
 アメリカで見たもの
 例えば 10 歳くらいの子を捕まえてきて、この子はこういう素質がある。じゃ 22 歳のオリンピックで金メダルを獲れるようにするためには今どんなトレーニングをさせるべきかっていうことをシステム立って指導してる。コーチたちも監督も、アマチュアじゃなくてそれを専門としたプロだから非常に勉強してるよね。最新のトレーニング方法だったり子どもたちに対する心理学的なサポートだったり。日本て、みんなボランティアのコーチでしょ。っていうことは、他にも仕事を持っているから指導の中身っていうと 20 年も 30 年も前の指導法を続けていたりとか、子どもたちの気持ちを全く考えないで罵声を浴びせたり、時には手を出して・・・根性論だよね。その(日米間にある)ギャップっていうのをすごく感じました。


 帰国後、日本のスポーツ界の現場で見たもの。事業を始めるきっかけ。
 帰国後は実業団の野球部の専属トレーナーを 5 年くらいやりました。選手は 22 〜 25 歳なんだけど、みんなどこかしらケガして入ってくるの。肩がボロボロだったり肘を手術していたり。小学生とか中学生とかの時に素人のコーチにむりやり指導されて体ボロボロにしちゃって、高校に入ってもなんとか持ちこたえるくらいだった。中にはプロのドラフトにかかるくらいの選手もたくさんいるのに結局ケガでいけないような選手がうちのチームに入ってきて。それも(この会社を興した)一つのおおきなきっかけだよね。やっぱり小学生のころから怪我をさせないようなしっかりとした指導をしていくことが必要なんだなって。

 
 会社名の由来とこれからの展開。
 ―「スポーツデータバンク」という会社名の由来は?
 あ〜あのね、みんなにどうしてもデータバンクって言ったら試合結果だとか選手の打率の集計したりしてるような会社に思われるんだけど・・・(社員の方がさりげなく、とある企業のロゴが入った紙袋を置く)

 ・・・ソフトバンク(笑)やっぱソフトバンクってスゴイ会社じゃない。知ってると思うけど立ち上げて 20 何年しか経ってないのにあれだけの世界規模の企業になったっていう孫さんの経営者としての魅力っていうのがボクは好きで。

 あと少し話は変わるけど、アメリカではメジャーリーグのスカウティング網っていうのがもの凄くしっかりしていて、誰でも彼でもどんな田舎町の選手でもアノ選手がいいってなると、スカウトが見に行けるようなシステムがあるのね。宝が埋もれたままにならないシステム。だからうちの方でも子どもたちを指導しているから、そういう子たちの中で光る子がいれば、データを持っといてプロのスカウトの人に提示したり、そういったことまで出来るようになりたいな、っていう思いもあって。 Athletes Data Bank っていうのかな、個々の成績を常に持っておいて高校であったり大学あるいはプロチームに提示できるようになったらいいなって。それは具体的にはまだやってないけどね。

 それから今は野球だけなんだけど、他にもサッカースクールについても、今スタッフが動いているし。やりたいこととしてはジュニアに特化したスポーツスクールの展開っていうのが一番。やっぱり基礎が大事。小さいころにどんな指導を受けてきたかでその子たちの将来が決まっちゃうって言っても過言じゃないと思ってる。サッカーだったり野球だけじゃなくて一般の子どもに対しても、いま遊び場の減少で基礎体力って低下してきてるから、そういう子たちに対してもスクールを開いて、たまに太陽の下をワーっと走らせて体力を向上させたり、ストレス発散させるような、そういうスクールをやりたいと思っています。


 
 ここで、遠藤氏が影響を受けたというアメリカのスポーツ界について触れておきたい。以下の写真はこのインタビューの際に見せていただいたもので、カリフォルニア大学バークレー校のアメフト場である。


 すごいでしょ?これ大学の施設だよ。東京ドームが約4万6千人に対して7万2千人くらい収容できる。で、埋まっちゃう。

 アスレチックデパートメントって知ってる?アメリカには大学の運営とは別にアスレチックデパートメントっていう独立した組織があって、そこは何をやってるかって言うと、全ての大学チームの統括をしていて、そこにものすごい数の企業が毎年サポートしてるの。高校でもそうなんだけど、学校の球場のフェンスとか電光掲示板に企業の看板があったりする。それが例えば飲料メーカーだと校内に自販機置いていいってことになる。


 スタンフォードっていう大学は全米でもダントツのスポンサーフィーがあるんだけど、年間約 250 億だよ。で、そのお金を野球部だったりバスケット部に分けてる。 250 億だよ!?ものスゴイ施設作ったってまだ余る。なんでも出来るよ。


 
 日米スポーツ文化観 
 要はなんでそんなに企業がお金出すかって言ったら、観る人がいるからだよね。映画を観るような感覚で観るんだよ。スーパーボールは月曜にあるんだけど、ビジネスマンも仮病使うしね。犯罪者に「チケット当たりました」って言うと、のこのこやって来て捕まっちゃったっていう話もある。

 日本の場合は学校体育から始まっているから、スポーツビジネスっていうのはタブー視されてきた。でもロゴ載せる代わりに芝生植えてあげるとかさ、子どもたちのためになるわけじゃない。


 
 トレーナーへの評価にも現れる日米スポーツ文化の違い
 アメリカっていうのはレベルの高い選手をケガさせたりしちゃうと、監督とかコーチの責任がすごく追求される。ドクターもいて大学レベルでも腰専門とか肘専門とかいるんだよ。それはお金の問題もあるし、スポーツ自体のステータスが高いから、どこどこ大学のドクターやってるっていうと、違ってくるんだよね。
 
 
次号では遠藤氏の根本にある想いをお伝えします。そのキーワードは「スポーツ教育」!


【参考リンク】
 スポーツデータバンク

+ Sport Illustrations + 第5回 「早慶戦は華々しいのがよく似合う」


 “華の早慶戦”― 1903 年から始まった早稲田大学と慶應義塾大学の野球戦は、六大学野球の中でも特別視され、集客力においても際立った存在とされてきました。最近では、その集客力にも一頃のような勢いはなく、外野席には空席が見られることもありました。

 しかし、今年は違ったようです。 6 月 2 日の 1 回戦は約 3 万 4 千人、斎藤佑樹投手が先発した 3 日の 2 回戦は満員の 3 万 6 千人の人が神宮球場に駆けつけました。早慶戦で神宮球場が満員になったのは実に 10 年ぶりのことだそうで、そのフィーバー振りがうかがえます。

 SOJでも、 2 回戦を観戦に行きました。午前 11 時に 信濃町 駅に集合し、神宮球場に向かったのですが、既に球場内は外野席も満席状態で、立ち見するしかなく、通路にも人が溢れていました。そこかしこで「陸の王者」や「紺碧の空」が放歌され、球場全体が興奮で包まれていたように感じます。

 今思えば、 1 回戦、 2 回戦ともに、片方のチームが序盤大量リードをしながらも、それを追うもう一方が後半脅威的な粘りを見せるという展開になったのは、あの大観衆が作り出した独特の雰囲気によるところが大きかったからでしょう。そう考えると、あのとき球場に駆けつけ観戦した一人一人の声援が好ゲームを作り上げたといえるのではないでしょうか。

 早慶戦は華々しいのがよく似合う。そして、その華々しさがあるからこそ両校の選手たちは燃えるのでしょう。“斎藤フィーバー”という一瞬のバブルで終わらずに、今後も満員の神宮球場で早慶戦が行われてほしいと願った一日でした。


 佐野 裕文

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