今回は、杉並区・上井草で総合型地域スポーツクラブ「NPO法人ワセダクラブ」を運営していらっしゃる、 事務局長の後藤禎和さん に地域スポーツ振興を行う視点から、現在のスポーツ界についてお話しを伺ってきました。
後藤さんのお話しに移る前に、「総合型地域スポーツクラブ」の全国展開が目指されるようになった背景を簡単にお話しします。
◆平成12年9月、文部科学省(当時の文部省)は平成22年度までの10年計画で「スポーツ振興計画」を策定しました。さらに、計画策定5年後の平成18年、計画改定が行われました。そこで目指されていることは、@スポーツの振興を通じた子どもの体力向上A地域におけるスポーツ環境の整備充実B我が国の国際競技力の総合的な向上です。このAの具体的施策として「平成22年までに全国の市区町村に総合型地域スポーツクラブを少なくともひとつ育成すること」が挙げられています。
―― NPO法人ワセダクラブの目指す「スポーツ改革への挑戦」
このワセダクラブが設立準備段階に入ったとき、後藤さんにとって「スポーツ改革への挑戦」というクラブ理念は、「スポーツ界の問題点を改善したい」という漠然とした思いに過ぎませんでした。しかし、クラブ設立から約4年経って、この思いはより具体性をもった目標へと変化を遂げました。
それが、『スポーツ界における構造改革』です。後藤さん自身が実際に、地域スポーツの普及を進める立場になると、ラグビーを含む多くの競技種目において強化と普及のアンバランスが存在していることを痛感したのです。それらは、主として各競技における協会や連盟といった組織が効率的に機能していないことが起因しており、最近世間を騒がせた裏金問題や使途不明金の発覚もこうした問題のひとつのあらわれであると言います。そこで彼は、スポーツ振興を長い目で見たとき、競技レベルを高水準で維持するためには、このような日本のスポーツ界が抱える構造的な問題を改革し、強化と普及の両面にバランスよくお金が回っていく仕組み作りと人材育成が必要だと考えたのです。
さらに、その協会の改革に加え後藤さんが問題視しているのは、『日本人のスポーツに対する価値観』の部分です。現代の日本人には塾や絵画・音楽教室には高いお金を払うのに、スポーツに対してはお金をかけないことが当たり前のような風潮があります。後藤さんも最初は自身の指導に対してスクール生から何千円というお金を取ることに後ろめたさを感じていました。しかし、実際に活動していくうちに、自分自身の活動が子ども達に良い影響を与えているという、自信と誇りが芽生え始めました。この価値は決して金額で計れるものではありませんが、塾より高いお金を取っても十分 胸を張れる位の活動にしようと、日々努力を続けているのです。
クラブ運営において、より良い活動・機会を提供するためにも、資金の充実というのは欠かせない要素です。私たちは、それを理解した上で、自分の地域のクラブを自分達で盛り上げていこうという姿勢をもつことが大切なのではないでしょうか。
―― オーストラリア留学で出会ったスポーツ振興のあり方
近年、日本でもスポーツ振興が盛んに行われるようになりましたが、海外では既に、見習うべき進んだスポーツ文化が多く存在していました。Jリーグがヨーロッパのクラブをモデルに発展してきたように、後藤さんもオーストラリア留学をした際、初めて『地域スポーツクラブ文化』に触れました。それが、現在のワセダクラブを支えている考えのひとつでもあります。
日本でラグビーがアマチュアからプロへと移行していった1990年代、後藤さんはヤマハのラグビー部に所属していました。仕事と部活の両立に毎日懸命に励みましたが、それは肉体的にも精神的にも決して楽なものではありませんでした。そして、職業選択と所属チームの選択の自由が限定されたものになるこの「企業スポーツのあり方」に対して、単純に疑問を抱くようになったのです。例えば、極端な話かもしれませんが、「職業は医者だけど、A会社のチームでプレーを続けたい」という選手の希望が叶えられるスポーツ環境の整備はできないものか、と考えたのです。そのときに、出会ったのがクラブ文化でした。ここで学んだことを日本に持ち帰った後藤さんは、大学院への進学を決め、日本での地域スポーツ振興に力を注ぐようになりました。
―― 日本で守りつづけたいスポーツ文化
実際に海外に行くと、それまで見えてこなかった日本スポーツの良さに気付くことができました。
今、後藤さんが残していきたいと考えるのは『学校単位のスポーツ文化』です。甲子園やインターハイに見られるように、学校単位でのコンペティションは日本ならではといえるもので、多くのクラブユースチームやスポーツ教室ができていっても、学校に対する帰属意識は持ち続けているだろうと考えたのです。
では、その学校スポーツ文化に対して、これからの地域スポーツクラブはどういう役割を果たすことができるのでしょうか。それは、『指導者の派遣』であったり、『指導ノウハウの提供』であったり。そういった部分で各地域のクラブと学校が協力し合って活動していくことが、近年の学校が抱える、顧問の不足に伴う部活動の存続に関する問題点の改善にも繋がると考えたのです。実際に、現在ワセダクラブでも上井草周辺の小学校の体育の授業や、中学校の部活動に指導に出向いています。そういった、クラブ独自のスクール・イベント事業だけでなく、地元の小中学校との協力・信頼関係を築くうちに、NPO法人ワセダクラブもより地域住民に必要とされるクラブへと成長してきました。地元商店街のイベントへの参加も、その現われのひとつではないでしょうか。
―― 「大学」と繋がる総合型地域スポーツクラブの姿
こうした地道な活動によって、NPO法人ワセダクラブは地域だけでなく早稲田大学にもその存在意義が理解されるようになってきました。
このワセダクラブの特徴のひとつは、早稲田大学と繋がりをもった地域スポーツクラブである点です。スクール事業を展開するにあたっては、大学の体育各部との協力が必要不可欠です。大学の占有グラウンドを使用するのですから、体育各部の練習や体育の授業での理解がないとクラブは成立ちません。また、ワセダと名の付くクラブである以上は、後藤さん自身が大学ラグビー部時代に得た人生の軸になるような経験を生かし、『早稲田ならではの指導』を行いたいと考えているのです。
さらに、大学と繋がっていることの利点は、体育各部との関係だけではありません。後藤さんはクラブ設立当初から、一般学生・サークルとの繋がりを持ちたいと考えていました。 やはり体育会も「来る者拒まず」というわけにはいかず、ある程度人数制限が設けられています。しかし、そうしたスポーツを行いたいけれども行えないという学生に指導や機会を提供することがクラブの課題でもあります。そうして、大学卒業後は、体育会も同好会もあるいは早稲田に入れなかった子達も一緒になってワセダクラブというチームで共に修練するという流れを作りたい、というのが後藤さんの理想です。また、サークルがワセダクラブの仕事の一部を担うようになれば、ワセダクラブの活動の拡大にも繋がります。それにより、NPO法人ワセダクラブが『学生の実践の場』としても、幅広く機能するようになることでしょう。
―― 最後に、後藤さんにとって理想のスポーツ文化とは
「 いつでも、手軽に、良い環境を。ただ単純に技術を学ぶだけじゃなくて、良いグラウンドで良い人間と接する中で良い人間性に成長していくこと が理想ですね」
〜編集後記〜
私が「地域スポーツのあり方」に関心を持つようになってから、多くの人との出会いを経験してきました。彼らから一様に感じるのは、自身のクラブに対する誇りと熱意です。今回の後藤さんのお話しからも分かるように、地域からスポーツ界を改革していくには、たいへんな労力と時間が伴います。しかし、彼らはその苦労にこそ、やりがいを見出したのだと思います。後藤さんは、私たちに「社会貢献」とは「継続」することだと話してくださいました。学生である私達の力が日本のスポーツ文化の改革に貢献するためには、地道で、そして懸命な活動を「継続」していくことが最大の近道なのかもしれません。
さて、あなたも何か始めてみませんか。
◆ NPO法人 ワセダクラブ 事務局長 後藤 禎和さん
〔経歴〕1967年 東京都生まれ
昭和61年 早稲田大学社会科学部入学
ラグビー蹴球部に所属、平成元年度大学選手権 優勝
卒業後、ヤマハ発動機鰍ノ入社
ラグビー部 ( 平成8〜9年度主将 ) に入部し、平成4年度オーストラリアに留学
平成12年4月 早稲田大学ラグビー蹴球部コーチに就任
平成13年4月 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 MBA 課程入学
平成15年3月 同上修了
平成15年7月 「 NPO 法人 WASEDA CLUB 」事務局長、現在に至る
◆ NPO法人 ワセダクラブ
〔設立経緯〕 2002年7月に大学内組織である綜合研究機構(プロジェクト研究所)として、「スポーツメセナ研究所(所長:佐藤英善教授)」を設立。以後、オフィシャルスポンサーであるアディダスも参画した同研究所内でクラブ化に関する研究を重ねる。結果、2003年7月、大学理事会において設立支援の正式な承認を得た。
〔HP〕 http://www.wasedaclub.com/
米村 百恵
momoe@moegi.waseda.jp
|