SEEDS-net vol.86
2007年9月10日発行
 
 今号は NEC グリーンロケッツ監督・細谷直さん、チームディレクターとしてマネジメントに携わっている橋本正吾さんインタビュー、そしてNPO法人ワセダクラブ事務局長の後藤禎和さんのインタビューをお送りします。共通ポイントは「地域密着」!
そして Sports Illustrations はアノ世界陸上について。あの時の興奮を思い出しながら読んでくださいね。そして連載企画といえば!昨年のあの連載が、今回特別に復活です。

<もくじ>


++ インタビュー ++  NEC グリーンロケッツ 細谷直さん、橋本正吾さん
 日本のスポーツは長年の間、企業スポーツによって支えられてきた。高校や大学を卒業した後も競技スポーツを続ける人間は、その多くがいわゆる ” 実業団 ” と呼ばれる企業所有のチームに所属し、オリンピックなどの代表選手も、ほとんどがその中から輩出されていった。
 
 しかし 1993 年、日本スポーツに転機が訪れる。Jリーグの開幕である。“福利厚生”でも“広告宣伝”でもなく“地域密着”を掲げたそのリーグはそれまでの日本スポーツの歴史を考えると異端であった。だが、一時期低迷を見せるものの、それまでマイナースポーツだったサッカーは確実に観客動員を増やしていき、今では野球に並ぶスポーツに成長した。この成功は他の競技にも影響を与え、多くの企業スポーツリーグにおいて“プロ化”が議論されるようになった。では企業スポーツはもはや時代遅れで何の価値も持たないものになってしまったのだろうか?
 
 90 年代、数多くの企業チームが親会社の業績不振によって廃部に追い込まれていった。陸上部など多数の競技チームを抱えていた NEC も例外ではなく、好成績を残していた男女バレー、ラグビー、スケートのみが存続するという状況で、この流れが続けば NEC からスポーツが失われてしまう可能性があった。今回はそんな NEC スポーツに“価値”を持たせるための“改革”を行い、現在はラグビーチーム・ NEC グリーンロケッツの監督を務める細谷直さん、そして現在チームディレクターとしてマネジメントに携わっている橋本正吾さんに話を伺った。


(NECグリーンロケッツ監督 細谷 直さん)

 ― まず、“企業スポーツの価値”には社内にとっての価値と社外にとっての価値の 2 種類があると思うんですが、それぞれどのような取り組みをしてきたのか教えてください。
 
 細谷さん ( 以下、細 ): まずは社内で、 NEC グループとしての価値を高めるための取り組みをしました。今までは NEC の本体だけ、いわゆる関係会社などを巻き込まないカタチでのシンボルスポーツとして活動していたのですが、分社化傾向が強まると同時に、本体の社員が関係会社に移行し始めました。そこで、関係会社を巻き込んだ NEC スポーツの組織化を図りました。いかに NEC グループ社内でグリーンロケッツ、レッドロケッツ、ブルーロケッツというチームの存在を知ってもらうかという所に注力したので、社外に価値を求めたのはその 3,4 年くらい後ですね。

 我々は社外に対して意図的に何かをやってきたつもりはありません。社内でコツコツ取り組み、グループ内での価値が高まってチームも強くなっていくにつれて、社外のファンが増えていきました。「ファンクラブはないんですか」とか、あるいは「グッズは売ったりしないんですか」とか、そんな声が出てきて、それでそろそろ社外のほうにも価値を高める動きを始めてみてはどうかな、ということでスタートしたのが 2005 年ぐらいです。チームも強くなれば当然社外からも注目されて、というようなスパイラルになったということですね。なので、はじめから両輪で社内と社外と両方をやり始めたということではありません。



 ― 企業スポーツの企業からの位置づけというのが、最初は体力増進・福利厚生というところから始まって、それが社内求心力の向上、そして広告・宣伝のツールという風に時代と共に変わってきたと思うんですが、今はどのような価値が求められているのでしょうか?
 
 細 : 今はやはり、従業員の一体感であるとか、大きな組織をどう一つにしていくか、ということが企業の大きな経営課題の一つなんですね。だから企業スポーツの位置づけが福利厚生からスタートして社員の一体感を醸成し、今は宣伝やブランディングとしての価値に移行して、と言いますが、それは価値が増えているだけであって、移っているわけではなく、積み重なっているんです。それでもやはり、従業員の健康増進であったり一体感の醸成、これがベースです。このベースをきちんと確立した上で、宣伝価値が生まれてきます。宣伝価値だけであったら、じゃあラグビー部を持っていることでどれだけの宣伝価値があるのかということを数字に示せ、と言われても示せないですし、そこまでの価値はありません。でも NEC グループ 15 万の従業員を一つにする力というのは他の部門ではないですよね。そこに会社は価値を見出して、お金を出している。例えば広告宣伝であったりとか、自分達でスポンサーを集められるのであれば会社の負担でなくてもいい。

 そういうことが運営上やれるのであれば、それもやり方としては間違っていないと思います。でもそれが出来ないんです、企業スポーツは。Jリーグでさえも厳しい状況です。 浦和レッズなんかは全てが噛合っている例ですが、半数のチームはなかなか上手くいっていない。やはり一般の人たちに、企業の名前が全面に出ているということがどのように映るかという部分で言うと、 J リーグなどに比べてそれを魅力に感じない部分があると思うんですよね。


 やはり何か「その会社のもの」と映る部分があるので、我々はやはり会社、グループのためになることをやらなければいけない。これは絶対です。でも、それがクローズドされた NEC グループ社員にしか魅力が伝わらないようなチーム作りでは、おそらく行き詰ります。いかに NEC という名前を残しつつ、社会に受け入れられるようなチームを作るか。メディアに出て、一般の人達が盛り上がっていれば、必然的に社内でももっと興味を示しますから。そういった分岐点には来てるのかなぁと思います。

 企業内で価値を高めることをないがしろにして地域密着などと言ったら絶対うまくいきません。でもこの(従業員の健康増進や一体感醸成という)ベースをきちんと作って、更に上昇気流に乗せていくには、地域での盛り上がりが必要です。ラグビー部員は職場で働いていることもあり、身近だから気づかないけれど、一般の人達が盛り上がることで『あ、うちのチームはそんなに人気があるのか』と思ってもらえるでしょう。そういった一般の人たちの力を注入したい、すべき時期には来てるんだろうなと思います。


 
 企業スポーツは親会社に貢献しなければならない。親会社にとって価値のあるものだから存在しているのであって、このことは今も昔も変わらない。その価値は時代と共に様々なカタチのものが積み重なってきたわけだが、今また新しいカタチの“ 価値 ” が加わり始めているのだろう。次号ではその新たな ” 価値 ” について話を伺おうと思う。



【参考リンク】
 NECグリーンロケッツ


  椎名 浩之

++ インタビュー ++  NPO法人ワセダクラブ 後藤禎和さん
 今回は、杉並区・上井草で総合型地域スポーツクラブ「NPO法人ワセダクラブ」を運営していらっしゃる、 事務局長の後藤禎和さん に地域スポーツ振興を行う視点から、現在のスポーツ界についてお話しを伺ってきました。

  後藤さんのお話しに移る前に、「総合型地域スポーツクラブ」の全国展開が目指されるようになった背景を簡単にお話しします。

 
 ◆平成12年9月、文部科学省(当時の文部省)は平成22年度までの10年計画で「スポーツ振興計画」を策定しました。さらに、計画策定5年後の平成18年、計画改定が行われました。そこで目指されていることは、@スポーツの振興を通じた子どもの体力向上A地域におけるスポーツ環境の整備充実B我が国の国際競技力の総合的な向上です。このAの具体的施策として「平成22年までに全国の市区町村に総合型地域スポーツクラブを少なくともひとつ育成すること」が挙げられています。


 ―― NPO法人ワセダクラブの目指す「スポーツ改革への挑戦」

 このワセダクラブが設立準備段階に入ったとき、後藤さんにとって「スポーツ改革への挑戦」というクラブ理念は、「スポーツ界の問題点を改善したい」という漠然とした思いに過ぎませんでした。しかし、クラブ設立から約4年経って、この思いはより具体性をもった目標へと変化を遂げました。

 それが、『スポーツ界における構造改革』です。後藤さん自身が実際に、地域スポーツの普及を進める立場になると、ラグビーを含む多くの競技種目において強化と普及のアンバランスが存在していることを痛感したのです。それらは、主として各競技における協会や連盟といった組織が効率的に機能していないことが起因しており、最近世間を騒がせた裏金問題や使途不明金の発覚もこうした問題のひとつのあらわれであると言います。そこで彼は、スポーツ振興を長い目で見たとき、競技レベルを高水準で維持するためには、このような日本のスポーツ界が抱える構造的な問題を改革し、強化と普及の両面にバランスよくお金が回っていく仕組み作りと人材育成が必要だと考えたのです。

 さらに、その協会の改革に加え後藤さんが問題視しているのは、『日本人のスポーツに対する価値観』の部分です。現代の日本人には塾や絵画・音楽教室には高いお金を払うのに、スポーツに対してはお金をかけないことが当たり前のような風潮があります。後藤さんも最初は自身の指導に対してスクール生から何千円というお金を取ることに後ろめたさを感じていました。しかし、実際に活動していくうちに、自分自身の活動が子ども達に良い影響を与えているという、自信と誇りが芽生え始めました。この価値は決して金額で計れるものではありませんが、塾より高いお金を取っても十分 胸を張れる位の活動にしようと、日々努力を続けているのです。

 クラブ運営において、より良い活動・機会を提供するためにも、資金の充実というのは欠かせない要素です。私たちは、それを理解した上で、自分の地域のクラブを自分達で盛り上げていこうという姿勢をもつことが大切なのではないでしょうか。



  ―― オーストラリア留学で出会ったスポーツ振興のあり方

 近年、日本でもスポーツ振興が盛んに行われるようになりましたが、海外では既に、見習うべき進んだスポーツ文化が多く存在していました。Jリーグがヨーロッパのクラブをモデルに発展してきたように、後藤さんもオーストラリア留学をした際、初めて『地域スポーツクラブ文化』に触れました。それが、現在のワセダクラブを支えている考えのひとつでもあります。

  日本でラグビーがアマチュアからプロへと移行していった1990年代、後藤さんはヤマハのラグビー部に所属していました。仕事と部活の両立に毎日懸命に励みましたが、それは肉体的にも精神的にも決して楽なものではありませんでした。そして、職業選択と所属チームの選択の自由が限定されたものになるこの「企業スポーツのあり方」に対して、単純に疑問を抱くようになったのです。例えば、極端な話かもしれませんが、「職業は医者だけど、A会社のチームでプレーを続けたい」という選手の希望が叶えられるスポーツ環境の整備はできないものか、と考えたのです。そのときに、出会ったのがクラブ文化でした。ここで学んだことを日本に持ち帰った後藤さんは、大学院への進学を決め、日本での地域スポーツ振興に力を注ぐようになりました。



  ―― 日本で守りつづけたいスポーツ文化

  実際に海外に行くと、それまで見えてこなかった日本スポーツの良さに気付くことができました。

  今、後藤さんが残していきたいと考えるのは『学校単位のスポーツ文化』です。甲子園やインターハイに見られるように、学校単位でのコンペティションは日本ならではといえるもので、多くのクラブユースチームやスポーツ教室ができていっても、学校に対する帰属意識は持ち続けているだろうと考えたのです。

 では、その学校スポーツ文化に対して、これからの地域スポーツクラブはどういう役割を果たすことができるのでしょうか。それは、『指導者の派遣』であったり、『指導ノウハウの提供』であったり。そういった部分で各地域のクラブと学校が協力し合って活動していくことが、近年の学校が抱える、顧問の不足に伴う部活動の存続に関する問題点の改善にも繋がると考えたのです。実際に、現在ワセダクラブでも上井草周辺の小学校の体育の授業や、中学校の部活動に指導に出向いています。そういった、クラブ独自のスクール・イベント事業だけでなく、地元の小中学校との協力・信頼関係を築くうちに、NPO法人ワセダクラブもより地域住民に必要とされるクラブへと成長してきました。地元商店街のイベントへの参加も、その現われのひとつではないでしょうか。


 
  ―― 「大学」と繋がる総合型地域スポーツクラブの姿

  こうした地道な活動によって、NPO法人ワセダクラブは地域だけでなく早稲田大学にもその存在意義が理解されるようになってきました。

 このワセダクラブの特徴のひとつは、早稲田大学と繋がりをもった地域スポーツクラブである点です。スクール事業を展開するにあたっては、大学の体育各部との協力が必要不可欠です。大学の占有グラウンドを使用するのですから、体育各部の練習や体育の授業での理解がないとクラブは成立ちません。また、ワセダと名の付くクラブである以上は、後藤さん自身が大学ラグビー部時代に得た人生の軸になるような経験を生かし、『早稲田ならではの指導』を行いたいと考えているのです。

 さらに、大学と繋がっていることの利点は、体育各部との関係だけではありません。後藤さんはクラブ設立当初から、一般学生・サークルとの繋がりを持ちたいと考えていました。 やはり体育会も「来る者拒まず」というわけにはいかず、ある程度人数制限が設けられています。しかし、そうしたスポーツを行いたいけれども行えないという学生に指導や機会を提供することがクラブの課題でもあります。そうして、大学卒業後は、体育会も同好会もあるいは早稲田に入れなかった子達も一緒になってワセダクラブというチームで共に修練するという流れを作りたい、というのが後藤さんの理想です。また、サークルがワセダクラブの仕事の一部を担うようになれば、ワセダクラブの活動の拡大にも繋がります。それにより、NPO法人ワセダクラブが『学生の実践の場』としても、幅広く機能するようになることでしょう。



 ―― 最後に、後藤さんにとって理想のスポーツ文化とは

 いつでも、手軽に、良い環境を。ただ単純に技術を学ぶだけじゃなくて、良いグラウンドで良い人間と接する中で良い人間性に成長していくこと が理想ですね」


 
 〜編集後記〜

  私が「地域スポーツのあり方」に関心を持つようになってから、多くの人との出会いを経験してきました。彼らから一様に感じるのは、自身のクラブに対する誇りと熱意です。今回の後藤さんのお話しからも分かるように、地域からスポーツ界を改革していくには、たいへんな労力と時間が伴います。しかし、彼らはその苦労にこそ、やりがいを見出したのだと思います。後藤さんは、私たちに「社会貢献」とは「継続」することだと話してくださいました。学生である私達の力が日本のスポーツ文化の改革に貢献するためには、地道で、そして懸命な活動を「継続」していくことが最大の近道なのかもしれません。

  さて、あなたも何か始めてみませんか。

◆ NPO法人 ワセダクラブ 事務局長  後藤 禎和さん

〔経歴〕1967年 東京都生まれ

昭和61年 早稲田大学社会科学部入学

ラグビー蹴球部に所属、平成元年度大学選手権 優勝

卒業後、ヤマハ発動機鰍ノ入社

ラグビー部 ( 平成8〜9年度主将 ) に入部し、平成4年度オーストラリアに留学

平成12年4月 早稲田大学ラグビー蹴球部コーチに就任

平成13年4月 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科 MBA 課程入学

平成15年3月 同上修了

平成15年7月 「 NPO 法人 WASEDA CLUB 」事務局長、現在に至る



NPO法人 ワセダクラブ
〔設立経緯〕 2002年7月に大学内組織である綜合研究機構(プロジェクト研究所)として、「スポーツメセナ研究所(所長:佐藤英善教授)」を設立。以後、オフィシャルスポンサーであるアディダスも参画した同研究所内でクラブ化に関する研究を重ねる。結果、2003年7月、大学理事会において設立支援の正式な承認を得た。
〔HP〕 http://www.wasedaclub.com/


 米村 百恵
  momoe@moegi.waseda.jp

++ Sport Illustrations ++  第7回 大阪の夏に見た、陸上の顔
 陸上はいろいろな「顔」を持つ競技である。 8 月 25 日から大阪で行われた世界陸上では、それを強く感じさせられました。
 
 棒高跳びの「女王」エレ−ナ・イシンバエワが披露した跳躍の華麗さ。世界記録保持者 VS 全米王者の戦いで注目された 100M 走のスピード感。一度は先頭集団から離されながらも鬼の形相でスパートを掛け、銅メダルを奪取した土佐礼子の気迫。記録的な酷暑の中で行われたフルマラソンの過酷さ。「顔」の例を挙げていくと、枚挙に遑がありません。


 「陸上」と一括りに言っても様々な競技がある中で、特に僕が今回の大会で印象に残ったのは男子4× 100M リレーでした。決勝に進出した日本には、個人の 100M 走決勝進出者はいないものの、堂々の 5 位という成績で、さらには前日の予選に続く日本記録更新という立派な活躍を見せてくれました(そしてその記録はアジア新記録でもありました!)。

  やはりリレー競技の重要なところはバトンパスでいかにロスをなくすかというところであり、それを充分に練習していた日本チームはよいパフォーマンスを発揮することができたのだと思います。僕が、こういった身体能力以外の技術的な部分に目を向けてしまうのは、昔から世界的なスポーツの舞台で、少なからず身体能力にコンプレックスを感じてしまう日本人のひとりであるからなのかもしれません。それはそれとしても、こういった部分も陸上(というよりはスポーツ全体にも言及できることですが)の持つ顔と解釈すれば、前述したものも含めて、様々な魅力あふれる顔を、ひとつの大会で見られるのが陸上の素晴らしさということができるのではないでしょうか。

 
 競技運営面の不備や連日 30 度を超える気温の中で行われたことが注目された大会でしたが、全体的に見て各国の選手たちは充分なレベルのパフォーマンスを披露してくれたと思います。

  次回大会は 09 年にベルリンで行われます。次の大会では陸上のどんな顔が見られるのか…。今大会から次回への 2 年間を楽しみに待つことにしたいと思います。



 佐野 裕文

++ Shino's works 番外編 ++  野球雲の見える日
 アメリカには「野球雲」なるものがある。英語で言うと BASEBALL CLOUD であろうか。ごくまれにボールパーク上空に現われる雲だ。 BASEBALL CUMULUS と呼ぶ地方もある。形が積雲 (cumulus) に似ているからだそうだ。近年、出現例が少ないのはナイトゲームが増えたことと関係あり、 B.B.C(BASEBALL CLOUD) が現われると、ゲームは風雲急を告げるとされている。こんなことわざもある。 "Every B.B.C has a silver lining" どんな野球雲もその裏側は日の光を受けて銀色に輝いている。つまり、ゲームの哀しい結末の裏側にも喜びがあるという意味だ。  ( 「野球雲の見える日」山際淳司より )


 「甲子園名物、カチワリはいかがですか。」そんな声に誘われて下の方に目をやると、その風貌から高校球児と思しき丸坊主で真っ黒に日に焼けた少年が保冷パックのような銀色のショルダーを重そうに持ちながら、人の波を掻き分けつつ、カチワリを売っている。時折歓声が沸くと後ろを振り返っている。やはり球児なのだろう。甲子園名物カチワリとは、小さなビニール袋に入った氷の塊にストローがついた商品である。それで日差しを浴びた肌を冷やすでもいいし、解けたら解けたで飲めばいい。はじめての夏の甲子園ということもあり、ついつい手が伸びてしまった。そんな矢先のこと。「凍った水はいかがすか。」これまた重そうに段ボール箱を肩に乗せながら階段を降りてくる。髪を茶色に染め、非対称なヘアースタイルをした ” 今風 ” の彼は凍ったクリスタルカイザーの500 mm ペットボトルを売っている。クリスタルカイザーに比べれば、カチワリの容積は2分の1ほどしかないが、値段は変わらない。これも伝統のなせる力かな。しかしながら、野球少年がカチワリで、今風の青年がクリスタルカイザーというのは、面白い。もっとも同じ値段なら、いうまでもなく飛ぶように売れていたのは後者であり、試合が中盤に差し掛かると、野球少年もクリスタルカイザーを担いでいた。まあ、それもいいだろう。そんな風にしてその日の試合は始まった。

 8月22日。僕は甲子園球場にいた。対戦カードは広陵 ( 広島 ) 対 佐賀北、夏の決勝戦である。七回の裏、もう試合は終盤に差し掛かっており、僕の目の前に座っていた老人はそうそうに球場を後にした。回りを見渡すと同じように帰路につくものがちらほらといる。リードしているのは広陵。4−0である。だが、8回裏、その日1安打に抑えていた広陵のピッター野村を佐賀北が捕まえる。その日2つ目のヒットを刻んだのは、8番打者でピッチャーの久保である。そして、甲子園初ヒットという思い出にオマケがついた。代打の新川が続く。一死、1 , 2塁から先頭バッターでファーストの辻は四球。続く、井出は押し出し。3番サードの副島は、真ん中高めに、少し浮いてしまったスライダーをレフトスタンドへと運んだ。4−5。最終回、広陵の攻撃もむなしく、佐賀県立佐賀北高校の大逆転劇で今年の夏は幕を閉じた。


 今年の甲子園の雰囲気はあきらかに昨年のハンカチのそれとは一味違った。3月に発覚した「野球特待生問題」の余波を受け、また公立高校が優勝したことが世間の話題をさらっていった。その多くは、言ってしまえば特待生というエリート制度による「スポーツ集団」に対して、公立育ちの「学生」が奇跡的に勝利を収めたというストーリーである。夏の甲子園における公立高校の優勝は、 96 年の松山商、普通科という点では 84 年の取手二高まで遡ることになる。ただ、特待生制度がお茶の間の問題となったのは、野球留学でも、仲介するブローカーや裏金の存在でもない。思うに、それは高校野球に感じるさもしさからではないか。

 その日、満席とも呼べるほど埋まったスタンドに目をやる。佐賀北のベンチに当たる3塁側アルプススタンドには、朝早くからスクールカラーである緑色の T シャツを着た応援団が駆けつけていた。もちろん、反対側には心細くなるほど小さい赤い集団もいる。試合開始のサイレンが鳴る直前に、白いユニフォームを着た球児たちが応援席に駆けつけたが、それでも「緑」が多い茂ったアルプスには遠く及ばなかった。それは一つに選手との距離感なのかもしれない。7回裏の攻撃が終わった時点で席を立った老人はきっとこう思ったのだろう。「もう、勝てっこない。」と。それは甲子園を見るたびにどこかでみんなが心の奥に持ち続けていた感情ではなかったか。甲子園がどこか遠くへいってしまったという寂しさだ。甲子園というのは聖地と呼ばれる特別な場である。それは全ての球児たちの延長線上にあるからであり、だからこそ、その土に意味を感じられるのだ。


 スポーツは勝ちを争う行為である。しかし、それは負けの価値を否定することでもなければ、その全てでもない。何故ならば、スポーツはあくまで方法に過ぎないからである。スポーツ経験者の多くがその子どもにスポーツをやらせるのは、自分が叶わなかったプロ選手の夢を託すというよりは、自身がスポーツで得た経験がいきているからであることの方が圧倒的に多いと思う。その中には多少の自己正当化もあると思うが、そうならばスポーツは教育的であるべきだろう。少なくとも、スポーツは多くの子どもたちに影響を与えている。だとすれば、気晴らしがルールにより文明化を経て近代スポーツになったように、伝統に縛られるのではなく、今新たな一歩こそが求められているのではないか。ましてや、不祥事が多い時代である。影響力が大きいのであれば、社会のロールモデルとなるべき規範を後天的でも身に着けなければならない。それが現代におけるスポーツが持つ意味の解釈の一つであると思う。

 試合が終わり、最後に甲子園球場をぐるりと回った。甲子園球場は老朽化に伴い、今季プロ野球シーズンのオフから改装工事に入る。甲子園へと足を運んだのはそういった意味合いも強い。すでに球場一部ではその“伝統”とも言うべき絡みつくツタを取り外している。ただ、改装部分を覆う外壁はツタ模様のシートが貼ってあり、3年後に全面改装が済んだ際には再びツタを絡めるのだという。

 
伝統という言葉の上にあぐらをかくのを好む人は多い。そういう時代なのだろう。



 篠 雄也

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