2007 年 11 月 14 日、浦和レッズは日本勢として初めてアジアチャンピオンズリーグの優勝を果たした。つい 7 年前には日本の 2 部にいたチームがアジアの頂点に輝いたのである。
冒頭の台詞はその歴史的な一日の前日の公式記者会見で浦和のオジェック監督が語気を強め興奮しながら言った言葉だ。
私は今シーズン、レッズのホームゲームがある日はほとんど埼玉スタジアムに足を運んだ。レッズの勝利を願い応援し、試合の展開に一喜一憂し、観るスポーツ、エンターテイメントとしてサッカーを、浦和レッズを楽しんだ。
だが、オジェック監督はそれだけに留まるものではないと言い放った。「社会的な意味」。抽象的な表現だったのでニュアンスは伝わったのだが、イマイチしっくりこなかった。
決勝戦の翌日、その「社会的な意味」なるものは何なのかと思い、学校をサボって浦和の町に繰り出してみた。まず、浦和駅の東口に先月オープンしたばかりの浦和パルコに行ってみた。入った途端何か違和感を覚えた。「浦和レッズおめでとうセール」と題したセール、これぐらいはある程度予想していた。しかし耳に入ってくる「浦和レッズ〜浦和レッズ〜」という歌声。パルコと言えば私のイメージでは若者向けのアパレルがたくさん入ったデパート、しかもいまはクリスマス商戦の前。その館内を浦和レッズの応援歌が流れ続けている。さらにはほとんどのお店のディスプレイにサポーターが試合中に使う赤色をした浦和レッズのタオルマフラーが巻かれている。池袋のパルコじゃこうはいかないのだろうなと考えると一層不思議な感じがした。
さっきのはパルコ独特の演出なのだろうと思い、私は西口の老舗百貨店伊勢丹にも行ってみたのだが、そこでも同じような光景を目にした。パルコに比べれば訪れる客の年齢層も商品の価格帯も高い伊勢丹だが、シャネルのある階もヴィトンのある階も浦和レッズの音楽が流れ続けていた。さらに一階のウィンドウにはアジアチャンピオンズリーグのトロフィーが飾られていて、道行く人々はその前で立ち止まり携帯のカメラで撮影していた。ミランやバルセロナのデパートにもビッグイヤーが飾られたりするのかなぁなんてことを私はふと考えていた。
そのあとも浦和駅の周辺、浦和仲町商店街、オフィシャルサポーターズショップなどふらふらしてみたが、どこも赤、赤、赤。あるカバン屋では赤い商品セールなんてものも行われていた。もちろん優勝した直後でそれに伴った一時的なものもたくさんあったけれど、この町にとっての浦和レッズというものを認識することは充分できた。
最後に さいたま市 内にある浦和レッズの練習場に行ってみた。ここは浦和駅からはかなり離れた、どちらかと言えば旧大宮市よりの住宅街の中にある。私は自転車だったが歩くと結構時間のかかる最寄駅から来ている人もいた。平日の昼間、かなり寒い日だったにも関わらず性別年齢問わずたくさんの人がフェンスに張り付いて練習を眺めていた。小学生や高校生の集団もいたりで「君ら学校は?」と聞きたくなってしまった。練習が終わるとクラブハウスの出口のところに列を成して大勢の人がファンサービスを楽しみに選手が出てくるのを待っていた。この人たちにとっての浦和レッズ。浦和の町を歩いたときと同じよう感覚を覚えた。オジェック監督の言っていた「社会的な意味」。その答えがなんとなくわかってきた気がする。
今年の初頭、浦和レッズの広報部長に話を伺う機会がありこんな話を聞いた。「この国の 21 世紀は超成熟社会、それぞれの地域が元気じゃないと成り立たない国。簡単に言うと『国はもう地方の面倒見られませんよ』ということ。だから地域の活性化が 21 世紀のポイントなんです。そこでレッズが役に立てないかということなんです」
確かにレッズが年金問題や医療問題の解決に直接的な効果を果たしているかどうかなんてことはわからない。でも、レッズがあることでこの町が元気になっていることは間違いない。地域活性化のひとつのモデルになっていることは 間違いない 。気持ちだけではどうしようもない問題もたくさんあると言われるかもしれないが、地域が元気なら解決できる問題もたくさんあると思う。そしてそれぞれの地域が元気なら国全体も元気になるはずだ。 J リーグの唱える百年構想〜スポーツでもっと幸せな国へ〜というのもこういうことなんじゃないだろうか。だから浦和レッズのようなクラブが日本中にたくさんできてくれればこの国は必ずもっと幸せな国になるはずだ。
小森 隆幸
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